連載:ハッカーの系譜④アラン・ケイ (1/7) 未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうこと

牧野武文

October 1, 2015 18:00
by 牧野武文

「ビジョナリスト」と呼ばれる人達がいる。未来、とくにテクノロジーの世界において、未来を正確に予言できる人達のことだ。ただ単に未来を予測するだけなら、誰にでもできる。「遠くない将来、自動車は自動運転になるだろう」「コンピューターはますます小さくなり、腕時計ぐらいのサイズになるだろう」「言語の壁はなくなり、コンピューターがリアルタイム翻訳をしてくれるようになるだろう」。現在起きているテクノロジーの進化ベクトルを延長するだけなら、子どもにだってできることだ。

しかし、「未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうことだ」という名言を残した人がいる。俗に「プログラミングもできる哲学者」と呼ばれたアラン・ケイだ。彼は優れたビジョナリストであったが、未来を正確に予測しただけではない。言葉通りに「未来を発明してしまうこと」に情熱を燃やした。

例えば、私たちが今使っているタブレットは、だれが発明したのだろうか。製品として発明したのは、アップルという企業であり、CEOであったスティーブ・ジョブズを中心とした人達だろう。しかし、概念上のタブレットを発明したのはアラン・ケイだ。もちろん、「アップルがケイのアイディアを盗んだ」などという瑣末なこと、あるいは知的所有権の問題を言いたいわけではない。現在のタブレット端末のようなものは、アラン・ケイだけでなく様々な人たちが夢想してきた共有知のようなものだ。それをアップルが形にし、商品にした。そういう仕組みで、私たちの未来は作られていく。未来を発明することは、一人の発明家だけに帰属させることはできないものなのだ。

それでも、ケイが発明したと言えるのは、彼はそれを具体的なアイディアとして私達に示し、なおかつ当時のテクノロジー水準を調査し、製造可能な企画をして、実際に開発も進めたからだ。ケイが“創ろう”とした端末は「ダイナブック」と名付けられた。そして、米パロアルト研究所で開発されていたコンピューター「アルト」を「暫定ダイナブック」と呼び、アルトを元にダイナブックを実現しようとした。まさに「未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうことだ」の言葉通りの行動を示したのだ。

概念上のタブレットを発明したのはアラン・ケイ
«Alan Kay and the prototype of Dynabook, pt. 5 (3010032738)» per Marcin Wichary from San Francisco, U.S.A. – Alan Kay and the prototype of Dynabook, pt. 5. Disponible sota la llicència CC BY 2.0 via Wikimedia Commons.

ケイが考えた近未来ストーリー

ダイナブックが広く知れ渡ったのは、ケイが1972年に書いた「あらゆる世代の子どもたちのためのパーソナルコンピューター」(A Personal Computer for Children of All Ages)という論文が発表されてからだ。この中から、ケイのダイナブックがどんなものであったかを紹介してみよう。

ケイはこの論文の中で、ダイナブックがどのように使われることになるかを、具体的でわかりやすい2つのストーリーで紹介している。ひとつはベスのお父さんが出張するときに使うストーリーで、もうひとつはベスと友だちのジミーが対戦ゲームで遊ぶというストーリーだ。

ベスの父親は、会議に出席するために飛行機に乗っている。ダイナブックに入れておいた資料を見ながら、ところどころ音声でコメントを入れていく。この音声コメントは、あとで秘書がタイプしなければならなかったが、ダイナブックのメーカーは近々、音声認識の機能を追加すると約束していた。

空港に着いて、彼はストーリー販売機を見かける。ダイナブックをストーリー販売機に接続をして、以前から読みたかったストーリーを購入しようとするが、クレジットが不足しているために買えなかった。“ストーリー”に関する説明をケイはしていないが、映画と本がいっしょになったようなコンテンツなのだろう。

その頃、ベスとジミーは、学校の芝生で2台のダイナブックを使い、「宇宙戦争」というゲームで対戦していた。しかし、ジミーはそのゲームがリアルでないことに気が付いた。本当の宇宙船であれば、太陽の引力に引っ張られれて、このゲームのようには飛ばないはずだ。ジミーはすぐに宇宙戦争ゲームに、太陽の引力の影響を付け加えようとしたが、どのようにしたらいいのかが分からない。そこで担任であるヤコブソン先生に相談してみると、先生は何冊かの本を読むように勧めてくれた。ジミーはすぐにダイナブックを学校のネットワークに接続して図書館にアクセスし、太陽の引力についての本を読み始めた。そして、宇宙戦争ゲームに太陽の引力の要素を付け加えて、再び遊ぶのだった。

ダイナブックを使い宇宙船のゲームで対戦するベスとジミー
「あらゆる世代の子どもたちのためのパーソナルコンピューター」より

いかがだろうか。私たちが今、タブレットを使って行っているのとほぼ同じことが描かれている。“接続”という面で、当時はケーブルを想定していたが、それが現在は無線になっていることが異なるぐらいだ。

もしかすると、子供達がゲームを改造することに違和感を感じる人もいるかもしれない。「プログラミングなんて高度な作業は子供には難しいのではないか」と感じる人もいるだろう。しかし、当時は教育用プログラム言語の開発が盛んだった時期である。このような教育用プログラミング言語が理想的に進化をすれば、プログラミングコードを書いていくのではなく、アイテム化されたアイコンを指で移動して組み合わせる、つまりはあたかも積み木で遊ぶようにプログラミングしていけるようになるとケイは考えたのだ。

現在でも、このような教育用プログラミング言語を使って、子供達に作る喜びを教えることが重要だと考える人は多い。たとえ、プログラミングは難しくても、iPadで自由研究などのプレゼンテーション資料を作らせて、クラスの前でプロジェクターを使って発表させるということは、既に公立の小中学校でも行われるようになりつつある。

詳細だったダイナブックの仕様

ケイは、このような近未来ストーリーを紹介しただけではない。このタブレット=ダイナブックが当時の技術で製造可能であることにまで触れている。ここがケイがただの夢想家ではなく、ビジョナリストと呼ばれる所以だ。

まず、ケイはダイナブックの価格は500ドル以下であるべきだとした。それは製造コストから計算したのではなく、人々が当時どの程度の教育費を使っていたかという調査から導き出した。当時、子ども一人あたりに支出される教育は年間850ドルほどだった。そのうち、教科書の購入費が年間90ドルから95ドル。教科書は全てダイナブックに入ることになるので、ダイナブックがあれば教科書購入費はゼロになるはずだ。ダイナブックの製品寿命は40ヶ月(3年4ヶ月)なので、約300ドルをダイナブック購入費に当てることができる。さらに、その他のノートや教材等も必要なので、一般的な家庭がダイナブックに支出できる金額は500ドルと見積もったのだ。

そこからケイは、では500ドルで作れるデバイスはどのようなものになるかを考えていく。まずはフラットモニターだ。プラズマディスプレイは消費電力の問題で使えない。選択肢は自ずと液晶モニターになる。しかも、それはバックライト式ではなく、変化した部分だけを書き換える位相変化型液晶が適している。これは、現在の電子ペーパーやEインクと言われる技術と基本的には同じものだ。

また、ケイは文字の表示実験もおこない、どの程度のドット数があれば自然な文字表示ができるかも研究している。すると、面白い発見があった。32×32ドットの枠の中に文字を表示すると、想定以上に美しく見えることが分かったのだ。これは人間の視覚が天然のノイズフィルターを持っているからだとケイは説明をする。

例えば、白紙(濃度0)のところに、黒(濃度1)で文字を表示したとする。人間の目は、その表示通りには認識しない。文字と白紙の境界部分は、その文字の形状に応じて、濃度0.5とか濃度0.7という仮想のドットを認識する。そして、全体を統合して文字の形を認識する。これを利用して、適切な文字のサイズとドットの大きさを組み合わせると、視覚の天然ノイズフィルターが働いて、表示以上に美しく感じることができるのだ。

525本の走査線をもつテレビは、22インチ相当になる距離で見た時は通常よりも美しく感じられる。これも視覚の天然ノイズフィルターが働くおかげだと言う。このような視覚の天然フィルターをダイナブックで利用するためには、1インチあたり80から100ドットの解像度の液晶ディスプレイを使い、全体を1024×1024ドット程度にすべきだという。

また、CPUについても、1個のCPU、4個の入出力制御チップ、21個のICチップ、16個の8KのRAMメモリーで構成できるとし、しかもそれぞれの価格も調査をしている。ケイの論文を読むとすぐに分かるのが、単に「こんなものがあったら素敵だな」というだけでなく、その当時の技術、その当時のコストで十分製造可能なデバイスを提案しているのだ。

ケイはダイナブックの外観も決め、大きさも記している。それによると横9インチ、縦12インチ、厚さ3/4インチになる。重さは4ポンド。横20センチ、縦30センチ、重さ1.8キログラムぐらいの感覚で、現在のiPad Airよりも一回りか二回り大きい感覚だ。

論文で具体的なサイズとともにダイナブックの外観図も掲載していた
「あらゆる世代の子どもたちのためのパーソナルコンピューター」より

キーボードがついているところが、iPadと異なるが、ケイは機械部分のない感圧式のキーボードにすることを提案し、さらに液晶画面を全面に広げ、スクリーンキーボードにしてしまうことまで提案している。液晶パネルの四隅に圧力センサーを置くことで、どのキーを押したのかを感知することができるとしている。こうなると、使われている技術、また技術の水準に違いはあるものの、コンセプトとしてはまったくiPadと変わらない。ケイがこの論文を公表したのは1972年。43年も前の話なのだ。

計算機から大脳の拡張へ:メメックス

コンピューターは、1946年に誕生したENIACがその始まりとされるが、その歴史の大部分は、現在のように個人が使うものではなく、一部の限られた人が使う機械だった。コンピューターはそもそも計算機で、しかも日常の商売で必要とされる足し算引き算ではなく、かけ算わり算を主体にした高度な関数計算をすることに使われた。ENIACは砲弾の軌道を計算するために開発されたし、続くEDVACは水素爆弾の爆縮計算をするために開発された。利用するのは、国家、軍といった特別な人達だった。

ENIACを開発したモークリーとエッカートは、早くからENIACを民間向けに発売したいと考えていた。それは苦労の末、UNIVACとして結実するが、販売先は主に生命保険会社だった。複雑な統計情報を処理するために使われたのだ。

「個人でコンピューターを使う=パーソナルコンピューター」という発想を最初に形にしたのは、1945年に「As We May Think(私たちが考えるように)」という論文を発表したバネバー・ブッシュだろう。ブッシュはこの論文の中で、初めて「個人が情報を処理するために使う機械=メメックス」を発表した。メメックスとはメモリー・エクステンド(記憶の拡張)を略して作った造語だ。厳密には、マイクロフィルムをベースにした論文閲覧機で、コンピューターではなかったが、今日のテキストリンクに関する考え方を示している画期的なものだった。ただし、ブッシュはエンジニアではなかったこともあり、メメックスを開発しようとは考えなかった。

このメメックスを提案した論文は、一般雑誌である『LIFE』にも転載された。そのLIFEの記事を、フィリピンの小島に仮設された米海軍の兵舎の中で、夢中になって読んだレーダー技師がいた。彼の名はダグラス・エンゲルバート。エンゲルバートは「個人がコンピューターを使う」という部分に惹かれ、戦争が終わったらそういうコンピューターを作ってみたいと考えるようになった。戦争が終わると、エンゲルバートはオレゴン州立大学に復学して、電気工学の学士号を取得した。

(敬称略/全7回)




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