国内の言論統制が目的か? ベトナム人民軍のサイバー部隊「Force 47」(後編)

江添 佳代子

January 12, 2018 08:00
by 江添 佳代子

近年のベトナムとFacebook

前編でお伝えしたとおり、オンラインでの自由な発言を国民に許可していないベトナムは、中国やトルコなどの国とたびたび比較されてきた。しかし、これらの国々の中では比較的「ブロックが手ぬるいほう」だったと言えるかもしれない。

たとえばベトナムは2009年頃からFacebookへのアクセスの遮断を開始したが、それは少しの知識を持ったユーザーであれば容易に迂回することができたため、多くのベトナム市民はVPNなどを通してFacebookへアクセスした。また政府もブロック強化の技術的な措置をとらなかった。そして2018年1月現在のベトナムは、比較的気軽にFacebookへアクセスできる状況となっている(例外として、イベント開催時などにおける特別なブロック措置はあるようだが)。

ベトナム市民にとってFacebookは、単なるコミュニケーションの手段ではなく、国内外のビジネスにも利用できる有益なツールとして愛用されてきた。そのためベトナムでは多種多様な業種の企業がFacobookのアカウントを取得するようになり、ユーザー数はみるみるうちに増加していった。

ドイツの統計会社Statiscaが掲載した「世界の国別Facebookユーザー数ランキング(2017年7月版)」によれば、ベトナムのFacebookユーザーの数は約6400万で世界第7位。同国の人口数が9270万人程度であることを考えると驚異的だ(※)。もちろんFacebookが国の成長にどれほど貢献をしたのかは分からないが、市民が「困難に負けることなくインターネットを積極的に活用したい」と望んでいることは間違いない。それは近年、経済的に伸び悩みがちな傾向のあるアジア諸国の中で異例の成長を続ける「投資有望国ベトナム」を支えてきたモチベーションだったかもしれない。

Statiscaが発表した国別Facebook利用者数

 
※…人口約9270万人でユーザー数が約6400万といっても「赤ん坊からお年寄りを含めた全国民の約7割がFacebookを使っている」ということではない。Facebookのアカウントには法人ユーザーなども含まれるからだ。
とはいえ「現在、ベトナム市民の6割以上がインターネットにアクセスしており、そのほとんどがFacebookのアカウントを取得している」といった説も一部にはある。インターネットの検閲が厳しい国の市民全員が、自身のプロフィールを馬鹿正直に登録するはずもないうえ、多くの市民がVPN接続を利用していると考えられるので、正確な利用者数を把握するのは難しいだろう。

インターネットユーザーの取り締まり

しかしFacebookや個人ブログなどのサービスには、政府への批判的な意見も書き込まれることがあり、賛同者が集まってコミュニティを作ることもある。そのため2011年頃までのベトナムでは、反体制的な思想を煽る書き込みをしたインターネットユーザーが何度も逮捕されてきたのだが、2012年頃からそのようなニュースが報じられる機会は格段に減った。しかし2016年の後半からは再び、ブロガーの取り締まりが強硬になっていった。

たとえば2016年10月に逮捕されたグエン・ゴック・ヌー・クイン(Nguyen Ngoc Nhu Quynh)は2017年6月、ベトナム社会主義共和国に反対するプロパガンダ活動を行ったとして有罪判決を受けた。彼女は「母なるキノコ(Mother Mushroom)」の名で知られる国内有数のブロガーである。政府の人権侵害や汚職の問題を取り上げる彼女のブログは非常に多くの注目を集めていたため、その逮捕には国内外からの批判が集まり、欧米諸国の人権団体、および米国の大使などが次々と彼女の釈放を求めるほどの騒ぎに発展した。しかし、そのクインには極めて厳しい「10年の懲役刑」が下った。

2017年にも、インターネット上で政府を批判した複数のブロガーやジャーナリストが逮捕されている。そのうちの一人、グエン・ヴァン・ホア(Nguyen Van Hoa)は、ベトナムで発生した魚大量死事件をインターネットで報告したことにより有罪判決を受け、7年の懲役刑を下されたと伝えられている。この魚大量死事件が起きた当時、ベトナム政府は声明を一切発表しなかったため、国内では大規模な抗議活動のデモが行われていた。

ホアはその事件をオンラインで報告しただけでなく、事件の被害を受けた家族の支援活動を行ってきた人物でもある。さらにフォルモサ・ハティン・スチール社の廃水(現在では、その汚染が魚大量死事件の原因だったと見なされている)に関しても言及していた。ここで思い出していただきたいのは、前編に記した「これは一般公開すべき類いの情報かどうかを疑問視する声もある」というギア副局長の発言だ。ロイターが伝えた彼の発表の中に具体的な例は挙げられていないが、それは魚大量死事件に関する報告、あるいはフォルモサ・ハティン・スチール社に関する告発のような情報のことを指していたのかもしれない。

ビジネス機会は失いたくないが市民活動は制御したい?

このような背景と今回のForce 47の発表から考えるに、ベトナム政府は「市民のアクセスを技術的に制御する」のではなく、「検閲の強化によって市民の活動を制御する」という手法をあえて選んだのではないだろうか。政権を批判させたくはないが、経済的なリスクも避けたい共産党一党支配のベトナムにとって、それは考え抜いたうえでの選択だったのかもしれない。

もしも現在のベトナムが中国のように「技術的な遮断」を選択したなら、多くのビジネスの機会も失われることになる。サービスがまともに利用できないという理由で、IT系のグローバル企業から見捨てられる可能性も生じる。それならばアクセスの自由を市民から奪うのではなく、「反政府的なプロパガンダや反動的イデオロギーを禁じた2013年の改正法」に則る形で、違反行為を一つずつ取り除く、あるいは違反者を一人ずつ取り締まるほうが経済発展へのダメージは少ないだろう。また、「誤りを正すため、ベトナム人民軍が1万人規模のサイバー部隊を新設した」とわざわざ公表したことも、不都合な書き込みを市民に控えさせるには大きな効果があったと思われる。

しかし、このような規模のサイバー部隊による作戦は、国際的な注目を集めやすいかもしれない。民主化を訴えてきた著名なブロガーやジャーナリストが次々と逮捕されているタイミングなら尚更のことだ。実際にはベトナムよりも中国のほうが、政府に不都合な発言を行ったために投獄される市民の数は多いのだが、そもそも中国にはグレートファイアウォールが存在するため「いまさら感」がある。さらに逮捕される個人にも注目が集まりにくい。一方クインやホアのようにインターネットを使って世界に情報を発信してきた人気者が逮捕されれば、より具体的で身近な「人権」の問題としてベトナムのありかたが疑問視される恐れもある。実際、欧米の多くのメディアは今回のForce 47のニュースを「母なるキノコ」、もしくは「魚大量死事件」と結びつけるような形で報じている。

また昨今では、ベトナムのサイバー軍が強化されていることを指摘する声もあるため、一歩間違えば「強力なサイバー軍事力を持った、人権意識の薄い国」という烙印を押されてしまうかもしれない。まずは今後のベトナム政府が、海外から寄せられる批判にどのような対処をしていくのかが気になるところだ。

江添 佳代子

江添 佳代子

ライター、翻訳者。北海道生まれ、東京育ち、カナダ・バンクーバー在住。インターネット広告、出版に携わったのち現職。英国のITメディア『The Register』のセキュリティニュースの翻訳を、これまでに約800本担当してきた。
THE ZERO/ONEの記事を中心に、ダークウェブをテーマにした『闇ウェブ』(文春新書)の執筆に参加。

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