ハッカーの系譜(11)スタートアップ養成する「Yコンビネーター」 (14) シリコンバレーが世界を変えるアイディアの発信地である理由

牧野武文

August 4, 2017 08:00
by 牧野武文

世界を変える志

Yコンビネーターというアクセラレーターの最大の特長は、ビジネスアイディアよりも人物を重視するという点だ。人物を重視したから、DropboxやAirbnbのようなYコンビネーター参加時には劣等生だったスタートアップが、大きな成功をすることができた。

そして、Yコンビネーター出身のスタートアップは、市場性があるビジネスを手がけるだけでなく、必ず「世界を変える」という視点を持っている。例えば、2016年のデモデーに登場したAcre Designsは、ゼロエネルギーハウスを開発している。太陽光パネル、断熱素材、雨水の浄化システムを組み合わせ、外部からのエネルギー供給、水の供給なしに住める住宅だ。日本の住宅メーカーは世界でも高い技術力をもっているので、似たものを開発することは可能だろう。しかし日本の場合、往々にしてゼロエネルギーやサステナブルハウスではなく、「電気料金が1/5、水道代が1/5のエコハウス」という売り方になってしまいがちだ。

Acre Designsの素晴らしい点は、電力インフラ、上水道インフラが設置されていない、つまり従来は人が住むことができない場所であっても、暮らすことができるようになるという点だ。Acre Designsのスローガンは、「家はコネクトする場所であるべきだ。自然に、家族にそして自分自身にコネクトできる場所に」というものだ。もちろん、食料をどうやって確保するのか、ネット回線は確保できるのかという現実的な問題はあるが、人が今まで住むことができなかった場所に住むことによって、その人の内面は大きく変容していくことになるだろう。決して大きな革命ではないものの、世界を変えようとしている。

世界を変えてくれるタクシーシステム

話題の「Uber」(ウーバー)も世界を変えようとしているスタートアップだ(今やスタートアップではなく大企業になり、さらにはライバルも登場したためシェア争いに忙しくはなってしまった)。確かにタクシーの台数が少ない都市では、Uberは便利だろうが、東京のようにタクシーが余っているような都市ではUberの存在価値はあまりない。むしろ、タクシー業界がUberというライバルを意識して、高コスト体質を改善したり、配車システムを改善してすぐにタクシーが利用できる環境を整えてくれた方が消費者にとってはメリットが多い。

Uberの存在価値は、自分が暮らしている都市での利用ではなく、知らない都市での利用時にある。特に海外の都市にいったときだ。タクシーは乗り場が決められていたり、営業範囲が決められていたりと、いろいろとローカルルールが多い。しかし旅行者にとってそのようなローカルルールを理解するのは難しい。さらに言葉が通じない場合、行き先を伝えるのは至難の技だ。文章や会話であれば、うまく通じなくても別の言い方や身振り手振りを使うことでなんとか伝わるが、行き先の地名という固有名詞は発音が悪くて伝わらなかったら、もうどうしようもない。「アカサカ」と言って、運転手に理解されなかったら、もう他に方法がないのだ。

しかし、Uberであれば行き先は地図上で指定すればいい。乗るときもスマートフォンの画面を運転手に見せれば、会話をしなくてもわかってもらえる。

さらに治安の悪い国では料金を多く請求されたり、最悪の場合、運転手が強盗に変身する可能性もあ。しかし、Uberであれば、事前に予想料金が表示されるし、相互評価のシステムがあるので、不安も軽減される。

世界中に飛行機が飛び、地球のどこでにでもいける時代になったとはいえ、現実の行動可能範囲は意外に狭い。治安があまりよくない国(日本から見れば、ほとんどの国が日本よりは治安が悪い)に旅行にいっても、結局ホテル周辺の都市部や観光地といったツーリストエリアの外にでることはなかなか難しい。しかし、Uberを利用すれば、自分の行動範囲を広げることができるのだ。それは私たちの体験の機会を増やし、人生にもなんらかの影響を及ぼすはずだ。小さいかもしれないが世界を変えてくれる。

卒業生の成功確率は1/4

Yコンビネーター卒業のスタートアップは、ほぼ全員がシードマネーを得て、ローンチをするが、もちろんすべてが成功するわけではない。5年ほどで、1/4は悲惨な状態になり廃業をしてしまう。1/2は充分な追加投資を得ることができず、節約をしながらなんとか事業を維持している。1/4はある程度の投資を得ることができ、事業を拡大していくことができる。成功確率は1/4だ。もちろん、それでも、一般的なスタートアップ成功確率から比べれば桁違いに高い。

なぜ、Yコンビーネーターが他のアクセラレーターやインキュベーターよりも頭抜けた成功ができているのか。その根本にあるのは、グレアムが「世界を変えるビジネスプラン」にこだわっていることだろう。金儲けのためだけにプランを考えても、なかなか成功はできない。なぜなら、すでにたくさんの人が同じところに目をつけているからだ。ローンチした途端に競争状態となる。それよりは、大きくなくてもいいから「世界を変える」視点があれば、今まで存在しなかった需要が生まれてくるし、共感する投資家もでてくるだろう。世界を変えるアイディアは、だれもが思いつくことではないので、ローンチ直後は競争がなく、品質を高めることに集中できる。

もうひとつは、Yコンビネーターが「成功の秘密」を教えてくれる養成機関ではなく「失敗しないための教訓」を教えてくれる養成期間であることだろう。グレアムがやりたかったのはそこだった。自分がしてきた数々の失敗を、若いスタートップに繰り返してほしくない。

Yコンビネーターはグレアムというスタートアップ成功者が、次世代のスタートアップ成功者を再帰呼び出しする「関数」だ。それも不動点演算子を使って、超効率的に、超高速で再帰呼び出しをしている。シリコンバレーが、世界を変えるアイディアの発信地であり続けているのは、こういうアクセラレーターが存在できるという環境があるからだ。これからもYコンビネーターは、スタートアップを大量に「再帰呼び出し」していくことだろう。
 
【参考文献】
「Yコンビネーター」ランダル・ストロス著、日経BP社刊
「Meet Generation Y」スティーブン・レビー著、コンデナスト・ジャパン刊
「Founders at Work」ジェシカ・リビングストン著、アスキー・メディアワークス刊
「グロースハッカー」ライアン・ホリデイ著、日経BP社刊
「グロースハック」梅木雄平著、ソーテック社刊
A Tour of the Worm, Donn Seeley, University of Utah
The Cornell Commission: On Morris and the Worm, Ted Eisenberg他
 
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