ルンバは「利用者の間取り図」を売るのか?(前編)

江添 佳代子

July 31, 2017 08:00
by 江添 佳代子

ロイターが7月24日に発表した記事が、一部で議論を呼んでいる。それは日本でもお馴染みの掃除機ロボット「ルンバ」のメーカーiRobot社の新戦略について伝えた記事なのだが、「家庭用のIoT(モノのインターネット)製品が収集するデータのリスク」についても考えさせられる内容となっている。

iRobotのスマートホーム戦略

この「Roomba vacuum maker iRobot betting big on the ‘smart’ home(直訳:ルンバのメーカーiRobotが『スマート』ホームで大きな賭けに出ようとしている、日本語版の記事はこちら)」と題された記事によれば、iRobot社のCEOであるコリン・アングルは、ルンバから収集される「ユーザーのマッピング情報」の販売を検討しているようだ。

アングルCEOは、いま市場に出回っている様々な「スマートホーム」の製品──たとえばIoTの照明機器、サーモスタット、監視カメラなど──が「まだまだ物理的環境(physical environment)の把握に関して未熟だ」とコメントしており、「現在、ルンバの上位機種で利用されているマッピングの技術なら、そこに変化をもたらすことができる」と考えている。そして同社は、そのアイディアを戦略のベースとした事業の方向転換を検討しているようだ。

「ユーザーがシェアを許可した、豊かな『家のマップ』を手に入れることさえできれば、スマートホームが提供できる、『モノ』とサービスの全体的なエコシステムができる」と彼は述べている。つまりルンバが収集しているマッピングデータは、他のスマートホームの製品にも広く活かすことができる、という考えだ。

ルンバの描く「マップ」とは

iRobotのルンバは大きく2種類に分けることができる。自由走行型モデル(900シリーズ以外)と、マッピング型モデル(900シリーズ)だ。

ルンバには900、800、600と3つのシリーズがある

自由走行型のモデルは、センサーで情報収集を行いながら状況を判断し、障害物を避けつつ縦横無尽に部屋の中を走行して掃除する(日本語の公式サイトは、この動作を「考えながら行動する」と表現している)。これに対し、2015年から発売されている上位機種のルンバ900シリーズは、搭載されたカメラやセンサーで部屋のマッピングを行い、フロア全体の間取りを詳細に把握し、室内がどうなっているのか、自分がどこにいるのかを理解したうえで清掃する。また、この上位機種は、専用アプリを利用することによりスマートフォンでの操作も可能としたクラウド対応製品となっている。

つまりルンバ900シリーズは、掃除をしながら「家具などの障害物も含めた室内全体の間取り図(※1)」を生成している。このデータこそ、CEOのアングルが「豊かなマップ」と表現したものだ。実際のマッピングの動作に関しては、iRobot公式の動画を見ていただくのが手っ取り早いだろう。

ルンバの本来の仕事は、もちろん「部屋の清掃」である。しかし、その清掃のために記録している間取りのデータのほうに高い価値があるのではないか、とアングルは考えた。そして彼は、このマップを他の家庭向けIoT製品(スマートホーム製品)とシェアすることにより、全体のサービス内容の向上を図る戦略のほうに力を入れたいと望んでいる。
 
※1…ルンバの900シリーズは、何部屋にも分かれたフロアを効率よく掃除できる点が魅力的である。また下位機種のルンバや他メーカーの掃除ロボットと比較すると割高なので、わざわざ小さなワンルームの家で使用している人は少ないだろう。したがって、いま販売されているルンバ900シリーズは、「IoT製品の購入に積極的なユーザーの、それなりに立派な家屋のフロア全体の詳細な見取り図」を大量にiRobotへ集積させるための機能をすでに備えている、と考えられるだろう。

ビッグ3との販売契約?

この「ユーザーごとに異なる居住空間」を詳細まで把握したデータは、家庭用IoTグッズのエコシステムの基盤に大きな影響をもたらす可能性がある。そしてファイナンシャルリサーチ企業のIHS Markitによれば、「スマートホーム」のデバイスの市場は2016年で98億ドルに達しており、2017年には60%の成長が見込まれている。そんな中、アングルの戦略は投資家たちからも期待されているようで、iRobotの株は今年6月中旬に102ドルの値をつけた。1年前の株価35ドルからの急成長である。

ルンバの900シリーズについては、「たしかに画期的な商品だが、『清掃』の機能だけを重視するなら、他社の掃除機ロボットと比べて高価すぎる」という評価も少なくない。しかしルンバが生成する空間マップが他社の家庭用IoT製品に取り入れられるなら、今後のiRobotは「掃除機メーカーのひとつ」ではなく、「スマートホーム市場で圧倒的な優位に立つ企業」となるはずだ。

この記事には、米コーネル大学でロボット工学を教えるガイ・ホフマン教授のコメントも掲載されている。ホフマン博士は、ルンバの空間マッピングの技術がスマートホームにとっての「大きなブレークスルーになるだろう」と語り、ルンバが定期的に更新する空間マップは家庭内の音響システム、エアコンの空気流量、照明機器の調整にも用いることができるだろうと説明した。

さらにアングルCEOはロイターの取材に対し、「iRobotは数年以内に、ビッグ3(Amazon、Apple、GoogleグループのAlphabet)の1社以上と、このマップの販売契約を結ぶ可能性がある」と語った。この3つの企業は人工知能をインターフェースとして利用することに興味を示している(※2)。ちなみにiRobotは今年3月、Amazonの音声アシスタントAlexaとRoombaを互換させるという発表も行なっている

ただし、ここで名を挙げられたビッグ3の企業は今回の件に関して、いずれもロイターの取材に応じていない。
 
※2…Amazonの「Echo」、Appleの「HomePod」、そしてGoogleの「Google Home」は、音声認識による生活支援機能を持ったスマートスピーカーとして競合の関係にある。

セキュリティの不安

アングルCEOは「ユーザーの許可を得ないかぎりは」空間マップのデータを販売しないと断言している。それでもなおiRobotの戦略は、ユーザー個人の生活に密着したリアルタイムの情報が共有されることへの不安を解消する必要があるだろう。この点について、ロイターの記事は「あっさりと触れた程度」だった。

しかしIoT製品全般におけるセキュリティの甘さを問題視する専門家の数は多い。そして安直にインターネットと繋げてしまったIoT製品の致命的な脆弱性は、これまでに何度も指摘されてきた。そういった製品の一部は不買運動を引き起こしており、一部は裁判沙汰となっており、また「国が市民に所有を禁止する」という厳格な措置が執られた例もある。

これらの脆弱性には、「ユーザーの個人情報を外部に漏洩する可能性がある」「製品がボットネットに取り入れられて他者への攻撃に利用される可能性がある」などの懸念だけではなく、「直接、ユーザーを物理的な(身体的な)危険に晒す可能性がある」と指摘されたものもある。そして実際セキュリティ研究者たちは数年前から、インターネットに接続される医療機器、自動車、銃器などの「命にかかわるハッキングの実証」に次々と成功してきた。

<参考:IoTのセキュリティ問題>
・医療機器(恐ろしき「医療機器」セキュリティの現状サイバー犯罪者が狙う「患者データ」(前編) 闇市場で紐付けられていく個人情報
・自動車( Bluetoothを使って車をハッキングカナダ国防省「自動車ハッカー募集」の背景
・バイブレーター(「IoTアダルトグッズ」データを無断で収集(前編)
・バービー(「おしゃべりバービー」が盗聴に悪用される? 米国で発売されたWi-Fi搭載モデルの人形の脆弱性と、大人たちの懸念
・ケイラ(違法スパイ装置と見なされたIoT人形「ケイラ」とは?(前編)
・ぬいぐるみ(IoTヌイグルミは口が軽い!? ユーザー情報82万件がダダ漏れに
・MIRAI( IoTボットネットを使ったDDoS攻撃は誰にも止められない!? )、HAJIME、ペルシライ(IoTのボットネットの新入りマルウェア「PERSIRAI」

このような歴史のおかげもあるのか、24日のロイターが報じた「iRobotの新戦略」については、よりシリアスな視点からセキュリティの懸念を伝えるメディアもあった。次回は、この戦略に対する専門家たちの反応などについてお伝えしていきたい。
 
後編に続く




江添 佳代子

江添 佳代子

ライター、翻訳者。北海道生まれ、東京育ち、カナダ・バンクーバー在住。インターネット広告、出版に携わったのち現職。英国のITメディア『The Register』のセキュリティニュースの翻訳を、これまでに約800本担当してきた。
THE ZERO/ONEの記事を中心に、ダークウェブをテーマにした『闇ウェブ』(文春新書)の執筆に参加。

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