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ハッカーの系譜(11)スタートアップ養成する「Yコンビネーター」 (10) 本質的な便利さを追求するDropbox

牧野武文

June 20, 2017 08:00
by 牧野武文

新鮮みがないサービス

ヒューストンは、友人の紹介で、アラシュ・フェルドーシと知り合い意気投合し、共同創業パートナーとすることができた。しかし、自分たちの「古臭い」アイディアをどのように「ピボット」させるかが大問題だった。

クラウドにファイルを預かり、自分のもつどのデバイスからでもダウンロードできるというクラウドロッカーサービスあるいはクラウドストレージサービスというコンセプトは、ヒューストンがYコンビネーターに参加した2007年にはすでに古臭いものになっていた。

1999年にはYahoo!がブリーフケースという名前でロッカーサービスを始め、続々と他社が追随していた。すでにロッカーサービスはレッドオーシャンとなり、2000年にはYahoo! Photo、2005年にはFlickr、2006年にはPicasaと、写真専用のストレージと共有を意識したサービスに潮流が移りつつあった。

しかも、ヒューストンは、クラウドを自分で構築するのではなくて、Amazon S3を利用することにしていた。つまり、Dropboxというのは自社構築のサービスではなく、実態はAmazon S3で、それを使いやすくするUI(ユーザーインタフェース)部分だけを開発する計画だった。ということは、他のスタートアップでも、Amazon 3Sを利用すれば、Dropbox的なサービスを開発できることになる。他のスタートアップがヒューストンと競い合おうとしなかったのは、この分野がすでに完全なレッドオーシャンになっていると考えていたからだ。

ピボット拒否

この時点では、流行していたFlickrやPicasaのように写真専門のクラウド共有サービスに「ピボット」することも悪くないアイディアだし、音楽がちょうどCDからデジタル配信に移行していた時期なので、音楽専門のクラウドロッカーサービスへの「ピボット」に挑戦するのも悪くないアイディアだった。しかし、ヒューストンは自分のアイディアに固執し、「ピボット」することを拒んだ。

ヒューストンは、確かにクラウドストレージサービスはすでにたくさん存在してるものの、そのUI/UX(ユーザーインタフェースとユーザー体験)がおおいに不満だった。多くのストレージサービスは、ウェブを介してファイルをアップロードしたり、ダウンロードしたりする。このとき、多くがファイルダイアログを使っていた。アップロードボタンをクリックすると、ファイルダイアログが開き、フォルダを選択し、その中からアップロードしたいファイルを選択する。このUIを使いこなすには、自分のPCのフォルダ構造がどうなっているかが頭の中に入っていなければならなかったし、複数のファイルをまとめてアップロードしたいときは操作が煩雑になる。リテラシーの低い人は、ファイルダイアログを開いてしまってから、アップロードしたいファイルがどこにあるのか探し回ったり、複数のファイルをまとめてアップロードするときも、操作方法がわからず、1つ1つアップロードしたりと使い勝手は決してよくなかった。

ヒューストンのイメージでは、クラウドストレージもUSBメモリーや外付けハードディスクと同じように使えなければならなかった。HDDにファイルを保存するのに、ファイルダイアログを介して転送する人はいない。HDDのフォルダを開いて、そこにドラッグ&ドロップするだろう。クラウドストレージもドラッグ&ドロップで、ファイルがアップロード、ダウンロードできなければならなかった。

ヒューストンがこだわったのは、このドラッグ&ドロップ操作だった。Dropboxのウェブは、まるでフォルダのようなつくりにして、ファイルをアップロードしたいときは、ウェブにドラッグ&ドロップすればアップロードが行われるようにした(ダウンロードもそうしたかったが、ウェブの構造上誤操作を招きやすいため、実現していない)。

そして、徹底的に使いやすくするため、同期フォルダという考え方を導入した。これがDropboxを成長させる重要なアイディアになった。PCの中の指定した場所にDropboxフォルダがつくられ、クラウドストレージの中身とDropboxフォルダの中身が常に同じになるように同期される。ファイルをアップロードするときは、Dropboxのウェブにアクセスする必要すらなくなった。PCの中のDropboxフォルダを開いて、そこにアップロードしたいファイルを入れればいい。あとは勝手にクラウドと同期をしてくれる。
 
「USBメモリーや外付けHDDと同じ感覚でクラウドストレージを使えるようにする」というコンセプトで始まったDropboxの開発は、最終的には「フォルダと同じ感覚で使える」ところまできた。

対応ソフトがなくても見られる

ところが投資家の評判は芳しくなかった。やはり、もうすでにたくさんあるストレージサービスの後発組という印象で、それに対してヒューストンも「我々のプロダクトは質がまったく違うのです」という主張をするしかなく、投資家の心を動かすところまではなかなかいかなかった。

しかし、2008年6月に、二世代目となるiPhone 3Gが発表になると、様子がまるで違ってきた。バスの中やカフェで、iPhoneを使って、PCの中にあるファイルを見たいという需要が高まり、iPhoneでDropboxを使う人が急増したのだ。

ヒューストンはここでも画期的なことを行った。スマートフォン用アプリの中に、各種ファイルのビューワー機能を内蔵させたのだ。それまでのPCユーザーというのは常にファイル形式というものに悩まされていた。例えば、画像ファイル形式にはjpg、gif、png、tifなどさまざまなものがあるが、このファイルを開くには、そのファイル形式に対応したソフトウェアをもっていなければならなかった。あるグラフィックソフトはjpgには対応しているけどpngには対応していないなど、まるでパズルを組み合わせるように、複数のグラフィックソフトを用意しておく必要があった。

ビジネスで使われるワープロやスプレッドシートにもファイル形式の問題がついてまわった。Wordで作成したワープロ書類は、doc形式のファイルとなる。これをiPhoneで表示するにはiOS版のwordを入れておくか、あるいはすでにiPhoneに入れているアプリが対応しているpdfやtxtなどの形式にいったん変換しておく必要があった。

ところがDropboxアプリは、すべてではないが、多くのファイル形式に対応したビューワーを内蔵させたので、編集はできないものの、見るだけであればDropboxアプリの中でできるようになった。どのみち、スマートフォンのような小さな画面で書類を編集しようとする人はそうは多くなかったので、この「見られる」ということが大きかった。ここから、Dropboxは爆発的にユーザー数を増やしていく。

グロースハック手法を用いて成長

Dropboxは、それまでのPCユーザーが悩まされていた「ファイル形式と対応ソフトウェアのパズル」からユーザーを解放した。

Dropboxのもうひとつの功績がグロースハックという考え方を定着させたことだ。グロースハックというのは「成長のためのハッキング」という意味で、スタートアップのサービスを加速させるコツのようなものだ。

Dropboxはさまざまなグロースハック手法を用いて成長してきたが、それは広告というものに対する失望があったからだ。雑誌広告などの古い広告だけでなく、ウェブ広告などのデジタル広告にすら失望していた。

当初は、Dropboxもデジタル広告によりユーザーを集めようと考え、さまざまなデジタル広告を出稿した。しかし、一人あたりの獲得コストが300ドル前後もかかることがすぐに判明した。有料ユーザーは月10ドル程度の料金なので、広告コストを回収するのに2.5年もかかってしまう。そこで、デジタル広告から次第に撤退し、独自のグロースハック手法をとるようになっていった。
 
(第11回に続く)

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