ハッカーの系譜(11)スタートアップ養成する「Yコンビネーター」 (8) Yコンビネーターの合格から最終プレゼンまで

牧野武文

June 6, 2017 08:00
by 牧野武文

オンラインは機雷

Yコンビネーターは、1月から3月までの冬学期、6月から8月までの夏学期の年2回、開催される。年のうち半分は、学期が開催されていないので、専用のオフィスはいらないとグレアムは考えた。ブラックウェルのエニーボッツ社の一室を借りている。

グレアムは、ITビジネスで成功し、これからITスタートアップを育てようというのに、意外にもネットよりも対面にこだわる。SkypeやSlackといったオンライン上でやりとりすることを嫌い、大切なことであればあるほど実際に会って話すことを重要視していた。そのため、スタートアップを起業したい者は、Yコンビネーターのウェブから申しこみをし、候補に選ばれると、シリコンバレーのマウンテンビューにあるYコンビネーターのオフィスに面接をするために出向かなくてはならなかった。もちろん、飛行機代、滞在費などは自分もちだ。さらに、3人で創業するなら全員が出向かなくてはならなかった。

お金のない、特に米国以外の学生にとっては、全員でシリコンバレーに行き、滞在するだけでも金銭的負担は小さくなかったが、今はAirbnbもあり、LCCもある。PCやiPhoneからいくらでも格安のサービスを検索することができる。食事など、冷凍食品かヌードルを毎食食べていれば大したお金はかからない。この程度の負担は、アイディアで乗り切らなければならないのだ。

合格する条件

最終面接では、グレアム以外にもモリス、ブラックウェル、ジェシカの3人が出席をする。しかし、面接時間は1組10分で、サービスの内容よりも、本人についての質問をされる。典型的な質問は、「コンピューター以外にハックしたものはある?」だ。

グレアムは、面接を通じて、候補者をいくつかのランクに分類していく。
 
A: アイディアが素晴らしく、創業者たちもハッカー
B:アイディアは不合格だが、創業者たちがハッカー
C:アイディアは素晴らしいが、創業者たちがハッカーではない。
D:アイディアも不合格で、創業者たちがハッカーではない。

このうち、合格をするのはAとBのみだ。つまり、グレアムが見ているのは、ビジネスアイディアではなく、創業者たちの創造性だ。創業者にオリジナリティがなければ、どんな素晴らしいアイディアでもつまらないサービスに仕上がってしまうし、早晩別のスタートアップが似たアイディアを形にしてくるだろう。グレアムはこう言っている。「ハックをしているときのハッカーが、この世で最も創造性が高い」。

ファウンダーに豊かな創造性さえあれば、アイディアは平凡でもかまわなかった。アイディアは「ピボット」を重ねていくことで、いくらでもよくなるからだ。この最終面接にたどりつくチームは、応募チームのわずか9%程度でしかない。そして合格をして実際に投資を受けるのは、全体の3%ほどだ。

最終面接に合格をしたチームには、グレアム自らの「電話」がかかってくる。詳しい説明も、祝福の言葉もなく、「我々は君たちに投資することにした。1万7000ドルの投資で、株式の7%をもらいたい」といきなり一方的に話す。条件交渉は認められないし、質問もNGだった。参加チームに許されているのは、グレアムの条件を受けるか、受けないか、その二者択一だった。

その後、グレアムは不合格だったチームに電子メールで簡単なコメントを送る。グレアムは、スタートアップで成功する確率はとてつもなく低いものだという。「スタートアップを始めても、ほとんどは失敗する。それがベンチャービジネスの本質だからだ。でも、失敗を受け入れる余地があるなら、成功確率5%のビジネスに挑戦しても、それは判断ミスではない。とくに年齢が若ければ、挑戦しないことこそ判断ミスだ」。

自分たちは「シード・ファンド」

合格をして1万ドルから2万ドルのシード資金を手にしたチームは、Yコンビネーターのオフィスがあるマウンテンビュー付近に住まなければならない。そこで3ヵ月間開発し、最終日のデモデーで投資家の前でプレゼンテーションを行う。それまでの開発現場となるオフィス(実際はアパートの1室)をシード資金を使って借りる。マウンテンビューのアパートの家賃は安くはないので、あとは3ヵ月分の冷凍食品を買いこむと、シード資金はほとんど消えてしまう。

Yコンビネーターが成功して以降、同様のスタートアップ養成ビジネスが続々と誕生している。その養成ビジネスは大別して2つにわけることができる。ひとつは、オフィスが用意されるもので、これは「インキュベーター」と呼ばれる。オフィスが用意されるといっても、大きな会議室か倉庫をパーティションで区切っただけの災害時の避難所のような環境で、そこに合格した全チームがぎゅうぎゅう詰めにされ、競い合うように開発を進めていく。まさにブートキャンプのイメージに近い。

一方で、オフィスは各チームが個別に借りて、スタートアップ経験者のセミナーなどがあるときだけ養成機関のオフィスにいくというスタイルもある。一般には、綿密なカリキュラムが用意され、午前中は授業、午後から深夜までは自分のオフィスに戻って開発というパターンが多い。こういうスタイルのものは「アクセラレーター」と呼ばれる。

Yコンビネーターは、アクセラレーターに分類されるが、グレアムはアクセラレーターでもなく、自分たちは「シード・ファンド」だと言っている。つまり、投資をして助言を与えるだけなのだという。

実際、Yコンビネーターは自由で、他のインキュベーターやアクセラレーターのような束縛はほとんどなかった。義務というのは毎週火曜日の夕方に開催される夕食会だけだった。そこでは必ずスタートアップ経験者のゲストが招かれ、参加者にさまざまな話をしてくれる。この夕食会は必ず参加しなければならなかったが、その他の時間をどう使うかは各チームに任されていた。

昼間の間は、グレアムがYコンビネーターのオフィスに入ると、ウェブからグレアムとの面談を予約できるようになる。助言を受けたい、相談したいというチームはそこで予約を取って、グレアムに会いにいき、助言を求める。1回20分以内という時間制限はあったが、グレアムの予約が空いていれば、何回でも面談を求めることができた。

最初の難関「プロトタイプデー」

多くのスタートアップにとって、Yコンビーネターは夢のような「大学院」だった。グレアムは、自分のキャリアを通じて知り合った成功者たちを半ば強引に毎週火曜日の夕食会に招いた。セールスフォースのCEOマーク・ベニオフ、eBayのCEOジョン・ドナフュー、著名なエンジェル投資家ロン・コンウェイなどなど。あるときは、クラス全員で社会科見学にいくこともあった。見学先は、Facebook本社。そこでマーク・ザッカーバーグと食事をし、あるソーシャルゲームを開発しているチームは、ザッカーバーグに気に入られ、「Facebook対応版を急いで作ってほしい」とまで言われた。水準に達した出来であれば、Facebookが天文学的数字の資金で買収してくれる可能性だってあるかもしれない。スタートアップの卵たちにとっては、夢のような学校だった。

入学をして3週間で、チームは「プロトタイプデー」を迎える。自分たちがやろうとしているビジネスの概要を2分間でプレゼンテーションしなければならない。ここが最初の難関だった。なぜなら、事前にグレアムとの面談を取りつけ、「このプランでいい」という御墨つきを得ておく必要があったからだ。グレアムは、ここでは厳しかった。チームの方向性を決めてしまう決定なのだから、細かいことまで突っこみ、チームが徹底的に考え、議論するように促した。最初の3週間は、みなホワイトボードの前で朝から晩まで14時間以上、議論を続けることになる。

プレゼンに対する細かい指導

それから2ヵ月、チームは開発に集中する。開発は極秘というわけではなく、β版のサイトやアプリを動かし始めてもいい。テック系デジタルメディアは、Yコンビネーターの動向を探るのに必死になり、β版が公開されたサービスを見逃さず、記事にしていく。その記事が反響を呼び、最終日のデモデーを待たずに収益があがり、実質的な「ローンチ」をしてしまうチームもいる。

そして、最終日のデモデーを迎える。Yコンビネーターの学期中、最大のイベントだ。全員が自分たちのプランを7分間でプレゼンテーションを行い、そこに大物投資家、個人投資家が集まってきて、気に入ったスタートアップがあれば、その場で投資を決定してしまう。1万ドル以下の投資をする一般人も集まってきて、そういう人たちは、小切手帳を持参して、その場で金額を書きこむこともある。

グレアムは、各スタートアップに「プレゼンは、ポイントを4つ以下にまとめろ」とアドバイスする。数十ものスタートアップが次々とプレゼンをおこなう。投資家たちは疲れてしまい、細かいことは記憶に残らない。そこで、投資家の記憶に残すため、ポイントを絞ってプレゼンしろとアドバイスするのだ。

「ユーザーにとって非常にエキサイティングなサービスです! なぜなら…」とリハーサルでプレゼンしたスタートアップがいた。グレアムは注文をつけた。「デモデーは投資家のためのものだ。投資家にとって非常にエキサイティングなサービスです。なぜなら…と直すべきだ」。

また、すでにユーザーを獲得して、ユーザー数が急増していることをプレゼンのポイントにしようとしたスタートアップがいた。プレゼンに大きく見栄えのあるグラフを入れて、成長度合いを印象づけようとした。グレアムは「それでは足りない」と注文をつけた。「その見事なグラフをTシャツにして、全員でそれを着てプレゼンしたらどうか」とアドバイスした。

7分間のプレゼンテーションとは言え、途中に説明の多い「ダレ場」が生まれてしまうものだ。グレアムは、それを厳しくとがめた。「そこだ! そこで投資家たちは、みんな下を向いてブラックベリーを見始めるぞ!」。徹底して密度の濃い、圧縮率の高いプレゼンが要求された。
 
(その9に続く)




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