ハッカーの系譜(11)スタートアップ養成する「Yコンビネーター」 (6) 株式と転換社債を使った「賢い」資金援助

牧野武文

May 23, 2017 08:00
by 牧野武文

養成機関運営の問題点

グレアムは、ビアウェブのときの仲間であるモリスとブラックウェルに声をかけてみた。2人はスタートアップ養成機関というアイディアは実に面白く、成功するだろうと太鼓判を押してくれた。ただ、モリスはすでにマサチューセッツ工科大学の教職の地位を得ており、ブラックウェルも自分のスタートアップ企業「エニーボッツ」の仕事が忙しかった。そこで、グレアムは10万ドルを出資して、フルタイムでスタートアップ養成機関事業に関わる。モリスとブラックウェルは、5万ドルずつ出資して、年2回スタートアップ志望のチームのオーディションの審査員として参加するということになった。

しかし、グレアムはまだ不安だった。ひとつは一人だけで養成機関を運営するのは難しいということだった。負担が大きすぎるし、なにか問題が生じても一人で考え、解決しなければならない。往々にして、アーティスティックのように間違った判断をしてしまいがちだ。

もうひとつの問題は、資金が20万ドルしかないことだった。これではオーディションに合格した10のチームにそれぞれ1万ドル程度しか出資できない。1万ドルはスタートアップのシードマネーとしては確かに充分かもしれない。しかし、スタートアップの成功確率をあげるには、シードマネーが多いに越したことはない。とはいえ、3人がいくら金持ちになったからといっても、毎年2回ずつ、多額の投資をするというのはさすがに厳しかった。人と金の問題を解決する必要があった。

人もお金の問題も解決

人の問題はすぐに解決できた。投資銀行に勤めていた投資担当者、ジェシカ・リビングストンがグレアムの養成機関構想に興味を示したが、彼女の銀行は投資することを拒んだ。すると、ジェシカは投資銀行を退社して、グレアムの養成機関にフルタイムで参加することにしたのだ。グレアムとジェシカは、後に結婚することになり、ビジネスだけでなく人生でのパートナーともなった。

資金の問題もほどなく解決した。グレアムは、2人の個人投資家、ユリ・ミルナーとロン・コンウェイを口説き落とすことに成功した。二人は、グレアムの構想が気に入り、合格したすべてのチームにミルナーは10万ドル、コンウェイは5万ドルを投資すると言いだしたのだ。合格したチームは、グレアムから1万ドルから2万ドル、2人の投資家から15万ドルの資金をシードマネーとして起業することになる。

この体制は、実によく考えられていた。なぜなら、少額のグレアムの投資は、スタートアップ企業の株式を購入するという形で投資をするが、高額の2人の投資は、転換社債の形でおこなわれるからだ。

少額は株式で購入する

グレアムの構想はこうだった。まずインターネットの公募で、グレアムの養成機関に参加するチームを募る。最初は書類審査で、モリス、ブラックウェル、リビングストンと議論し合いながら、最終候補を絞りこんでいく。最終候補チームとはシリコンバレーで面接をおこない、合格チームを決定する。

合格チームには、まずグレアムの投資資金が与えられ、3ヵ月間みっちりと開発をおこない、同時にグレアムのアシストにより、会社を登記する。最終日のデモデーには、投資家の前でプレゼンテーションをおこなう。そこで投資資金を得て、あとはひたすら株式公開や売却を目指す。

つまり、グレアムの投資資金は、わかりやすく言えば、3ヵ月間の生活費なのだ。グレアムは大学の奨学金を参考に、投資金額を決めた。厳密に言えば、一人6000ドルという計算が基礎になっている。2人チームには1万2000ドル、3人チームには1万8000ドルがシード資金として与えられる(実際の額は上下することがある)。1ヵ月にすると2000ドルで、これは日本円にして22万円ほど。開発に必要な機材を多少買い、アパートの家賃を支払っても、ぎりぎり生活していける。

投資資金は、貸付金ではなく、できたばかりの会社の株式を購入する形になる。生まれたばかりの会社の資産価値を30万ドルと見積もり、2万ドル分の株式を買う。これは全株式の6.6%にあたる。この会社が成功して、資産価値が10倍、100倍になれば、グレアムが取得した株の価値も10倍、100倍となっていく仕組みだ。もし、その会社がうまくいかず破綻してしまった場合は、株式の価値がゼロとなり、創業者に負債が残るようなことはない。

転換社債を利用する理由

ところが、2人の個人投資家の15万ドルとなると話が違ってくる。企業価値を30万ドルだと見積もってしまったら、15万ドルの投資に対して、株式を50%も渡さなければならなくなる。スタートアップ企業は経営がきわめてやりづらくなってしまう。グレアムが取得した株式もあるので、創業者たちの株の持分は半分以下になってしまう。ということは経営権を握れないということだ。自分たちの会社なのに、自分たちでものごとを決定できない。これは大きな問題だとグレアムは考えた。

そこで、個人投資家の15万ドルは転換社債の形での投資となった。転換社債とは、社債を発行してもらいそれを購入するのだが、いずれかの時点で社債額相当の株式に交換できる権利がついているものだ。

社債というのは、わかりやすく言えば借金だ。だから、社債の償還日がきたら、企業は社債の持ち主にお金を返さなければならない。これはスタートアップ企業にとって大きなリスクとなる。会社が破綻をして清算するときに、社債の保有者に優先的に返還をしなければならないし、会社の約款次第では経営者の個人責任を追及される可能性もある。そこで、この転換社債による投資を受けるか受けないかはスタートアップ企業側が選べるようにした。リスクの少ない2万ドルのシードマネーでささやかにスタートするか、リスクを取っても17万ドルの大型シードマネーで勝負をするか選べるようにしたのだ。

スタートアップ企業の成功が見えだしたら、2人の投資家は、転換社債を株式に交換する権利を行使するだろう。この時点では、スタートアップ企業の企業価値もかなり精密に見積もれるようになっている。そのとき、企業価値が90万ドルだと見積もられたら、15万ドル分の株式、つまり16.6%の株式に転換をする。それでも、その後株式公開に成功すれば、企業価値は数百倍、例えば9000万ドルになったとすれば、15万ドルの投資は、単純計算で1500万ドルになる。2人の個人投資家はそれを期待していた。

こうして、グレアムは多額の投資資金を得ても、経営権を創業者が保ち続けられる仕組みをつくりあげた。
 
(その7に続く)




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