ハッカーの系譜(11)スタートアップ養成する「Yコンビネーター」 (5) スタートアップを考える若者のための養成機関

牧野武文

May 16, 2017 08:00
by 牧野武文

成功体験の書籍化?

「あなたの成功体験を本にまとめてみませんか?」。知り合いを通じて、ある出版社からそんなオファーがあった。グレアムは、はたと考えこんだ。自分のビアウェブの開発から売却までの出来事は成功体験なのだろうか? グレアムの主観では、むしろ失敗ばかりの体験だった。成功と言えば、最後の土壇場でヤフーへの売却話をまとめたことぐらいだ。

しかし、その成功体験を書いたところで、世間は素直に成功体験だとは受けとらないだろうとも思っていた。ドットコムバブルの絶頂期のことだ。空気しかつまっていない紙袋のようなガラクタを、口先三寸でヤフーに売りつけて、大金をせしめた男。世間は自分のことをそう見ているということにも気がついていた。調子に乗って本を書いたところで、まったく売れないか、グレアムを笑い者にしたい者だけが読むようなことになるだろう。

グレアムは、自分の「失敗」体験を思いだしてみた。悔やまれるのは、年上の指導者がいなかったことだ。画廊向けのオンラインギャラリー「アーティスティック」を開発していたとき、グレアムとモリスの二人は成功を信じて夢中になってコンピューターに向かっていたが、信頼できる年上の友人が「これはECサイトと同じ構造だよね? なぜ、絵画に限定するの?」と一言口にしてくれるだけで、二人はもっと早くビアウェブに「ピボット」できたはずだ。

オフィスなんていらない

もうひとつの失敗は、資金について甘く考えていたことだ。二人で毎日コンピューターに向かって開発をするのだから、経費なんて二人の食事代ぐらいしか必要ないと高をくくっていた。毎日、ヌードルだけ食べていれば、さほどのお金はかからないと考えていた。

しかし、そんなわけにはいかなかった。開発をするには、ある程度の性能のコンピューターが必要だし、開発が進めば、サーバーも自分で立てる必要がある。仕事量が過度であれば、人を雇う必要もある。食事をヌードルだけにしたところで、他のことにけっこうなお金がかかるのだ。

企業からの買収話が舞いこみ始めると、企業側の担当者は「オフィス」を訪ねたがる。どのような環境で仕事をしているのかを見たいからだ。最初の買収話の担当者は、グレアムたちの「オフィス」=モリスのアパートを訪れて、明らかに落胆の表情を見せた。散らかしっぱなしで座るところもない。サーバールームは納戸のドアを取り払った物置のような場所だった。先方が、買収金額を提示してきたとき、グレアムは駆け引きのつもりでその10倍の額を提示した。それきりだった。担当者は早々に引きあげ、グレアムからの電話に二度とでようとしなかった。

その失敗から、小洒落たオフィスを借り、事務を担当する女性も雇い、会社としての体裁を整えた。しかし、グレアムは当時を振り返って、オフィスを借りたことはまったく意味がなかったという。

ビアウェッブというプロダクトの価値を理解して、買収話をもちかける企業は、グレアムたちのオフィスがどうであろうと、まったく気にしない。オフィスを気にするような企業は、プロダクトの価値がわかっていない連中なのだ。そのような連中は、買収額を10%吊りあげただけで、逃げてしまう。

オフィスを借りたのは意味がなかったどころか、グレアムにとっては大失敗だった。家賃と人件費は、なにもしなくても毎月でていく。資金が目に見えて減っていく。資金が減っていくことは仕方がないにしても、会社が「調達ラウンド」に入ってしまうのが大問題だった。本来、ローンチ直後のスタートアップは「開発ラウンド」であるべきで、次に「改良ラウンド」、「プロモーションラウンド」と進んでいくべきだった。ところが、プロダクトの開発中に、調達ラウンドに入ってしまうと、グレアムとモリスは投資家のところを回って、投資を呼びかける仕事をしなければならなくなる。開発のスピードは当然その分落ちる。3人で開発しているのだから、その2/3の開発力が失われるのは致命的だった。

自分たちは成功なんかしていない。失敗だらけだった。そのような人物が成功体験を語っても、若いスタートアップ志望者にとってなんの役にも立たないだろう。しかし、自分の失敗体験を話すことは、役に立つのかもしれないと考え始めた。

なぜ投資をしてくれないんですか?

グレアムは、母校であるハーバード大学のコンピュータークラブに招かれて、講演を行った。内容は、学生はスタートアップに挑戦すべきだというものだった。「21歳の学生はほぼ無一文。それがスタートアップに3年間挑戦して、失敗をしても、24歳の無一文の若者になるだけ。その3年間に多くの経験を積み、その経験は後の人生にとってまったく無駄にならない」という話をした。

では、スタートアップに挑戦するのに最も重要で、難しいことはなにかと問われ、「それは理解を示してくれる投資家を見つけることだ」と答えた。友人と3人程度でスタートアップを始めるのであれば、大きな資金はいらない。開発ルームは、だれかのアパートでも寮でも、パソコンが使えればいい。食事だって、冷凍食品とヌードルでかまわない。とは言え、3年間で最低でも10万ドル程度は必要になる。投資家にとってはさほど大きなお金ではないが、無一文の学生にとっては大きなシードマネーだ。これを投資してくれる最初の投資家を見つけることがいちばん難しく重要なのだと答えた。グレアムの場合は、友人が1万ドルを投資してくれたことで、それが呼び水となり他の投資家からも資金を調達することができ、成功をつかむことができた。

その話をすると、学生たちの目の色が違ってきたのをグレアムは感じた。みな「あなたは成功者でお金をもっている。どうして僕たちに投資してくれないのですか」と言っているように感じた。

自分の人生を「ピボット」する

グレアムは、自分の人生を「ピボット」してみることにした。何かを生みだして起業するという路線を進むのではなく、スタートアップを目指す若者に、資金を提供し「こういう失敗をしがちだから、気をつけろ」と忠告をする。スタートアップの成功確率はきわめて低いものの、ビアウェブに投資したウェーバーは資金を500倍に増やしたのだから、500社に1社が成功すれば元はとれる。

ルーレットの出目すべてにチップに置くようなものだとグレアムは考えた。一般的なルーレットは、1から36の目に賭けることができて、あたればチップは36倍になる。ただし、賭けることのできない0と00という目があるので、全張りを続けると、手元資金を減らしていくことになってしまう。「しかし」・・・・・・グレアムは考えた。今から自分がやろうとしていることは、36の目に全張りしても、あたればなにしろ500倍なのだ。必ずうまくいくはずだ。

グレアムの中で、次第に「スタートアップをする若者のための養成機関」という構想が固まっていった。
 
(その6に続く)




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