ハッカーの系譜(11)スタートアップ養成する「Yコンビネーター」 (4) 難航する「ビアウェブ」の売却

牧野武文

May 9, 2017 08:00
by 牧野武文

二人で24時間2交代制で開発を進めていた「ビアウェブ」はなかなか完成しなかった。それどころか、作っては壊し、作っては壊しを繰り返していたので、進んでいるどころか、後退しているのではないかとすら思えた。まともなECサイトのシステムをつくるというのは、二人ではあまりにも重荷すぎた。そのことに気がついた二人は、モリスの同級生だったトレバー・ブラックウェルを3人目の創業者として迎え、モリスのアパートで3人は昼夜を通して、開発を続けた。

小規模な個人商店主から狙え

1年が経ち、ようやく完成が見えてきたところで、グレアムはプロモーションラウンドに入るべきだと感じた。と言っても、興味を示してくれそうな個人商店主のところに出向き、デモを行うという、行商のようなプロモーションだった。

最初に興味を示してくれたのは小規模な書店だった。すでにアマゾンがオンライン書店を始めていて、急成長をし、株式公開までしていた。米国中の書店が、アマゾンに駆逐されてしまうのではないかと脅威を感じていたのだ。

営業にいくとモリスはずっと口を開かない。営業という仕事が嫌なのではなく、モリスにはどうしたらいいのかがまったくわからないのだ。グレアムが一人、ビアウェブの説明をしていた。

グレアムは契約をとるために、なんでもやった。ECサイトを構築するには、膨大な数の書籍の表紙をスキャンしなければならないが、人手の足りない書店に代わってグレアムがその作業を無料で請け負った。ビアウェブもECサイトが構築できるまでの間は無料提供した。さらには、ウェブサイトをまだもっていない書店に対しては、無料で書店のウェブサイトまで構築した。

グレアムとモリスの狙いは、こういう個人商店主を地道にユーザーにしていき、ある程度のユーザー数になったところで、大手のカタログ通販会社との契約をとろうというものだった。当時のカタログ通販会社は、年に数回あるいは毎月、豪華なカタログ冊子を印刷し、顧客に配り注文を受けるというビジネスをやっていた。そのビジネスモデルは、そのままオンラインに置き換えることができる。

そのようなカタログ通販会社の担当者とアポをとり、「カタログ冊子とオンラインの2本立てで顧客とつながりましょう」と口説いてみたが、反応はどこも冷たいものだった。今でこそ、どの通販会社もウェブとカタログを併用して組み合わせて、新たな体験を顧客に提供するようになっているが、当時はカタログ通販会社にとってウェブ通販は敵だったのだ。「ウェブ」「オンライン」という言葉がでた瞬間に、ドアが閉められてしまうようなありさまだった。

買収話はどれも上手くいかない

開発を始めて2年が経っても、契約者数は70人と伸び悩んでいた。ほとんどが個人規模の書店、マニアックなアンティークのチェスセットを売っている店など、オンライン販売を始めたからといって、業績が急にあがるとは思えないユーザーばかりだった。

あるとき、3人がニューヨークで開催されたトレードショーに出展するために、アパートを留守にした。ショーが終わって、帰ってきてみると、アパートの中に置いてあるサーバーがダウンしていることに気がついた。しかも、まるまる11時間、サーバーが停止していることがわかった。3人は真っ青になった。サーバーが停止しているということは、ユーザーのECサイトはすべて停止していることになる。慌ててサーバーを再起動しながら、ユーザーからの怒りに満ちたクレーム電話がかかってくることに怯えていた。契約を打ち切る、今まで支払った使用料を返却してほしい、そう言われても仕方のない事態だった。

しかし、夜中まで待っても、翌日になっても、クレームの電話は1本もかかってこなかった。そもそもECサイトに注文が入ることは滅多になかったので、ユーザーのだれもサーバーが落ちていることに気がつかなかったのだ。

それでもグレアムは落胆しなかった。なぜなら、グレアムの目標は、ユーザー数を増やして利益をだすことではなく、どこか大きなIT企業に買収をしてもらうことが目的だったからだ。実際、10社以上から買収の話がきたという。その中には、日本の楽天もあった。グレアムがビアウェブを開発し始めたときは、個人商店がオンライン店をだすという感覚だったが、オンライン書店のアマゾンが急成長にするのを見て、大きな資本をもった企業もECサイトに注目し始めたのだ。

ところが、買収話はどれもうまくいかなかった。グレアムの述懐によると、ビジネスに疎かったことが原因だという。先方からのオファー価格を吊りあげようと、その数十倍の価格を提示して、話が消えてしまうこともあった。買収をしたい企業の担当者が、グレアムたちの仕事場兼アパートを訪れて、幻滅して話が消えてしまうこともあった。そのため、小ぎれいなオフィスを借りて引っ越したりしてみたが、買収話はいつもなんらかの理由で立ち消えになってしまうのだった。

破綻直前に買収成功

3人はしだいに追い詰められていった。3年間で、すでに200万ドルの資金を消費していて、手持ち資金はほとんどゼロになりかけていた。破綻寸前だった。

真面目なモリスは弱気になって、グレアムに言った。「もし、ビアウェブがなんとか成功することができたら、僕は耳にピアスをするよ」。真面目なモリスは、ピアスなどは一生しないはずの人間だった。それほど悲観的になっていたのだ。実は、グレアム自身も、自分個人に責任が残らない形でビアウェブを辞職する方法がないかどうかを弁護士に相談したこともある。

ところがぎりぎりのタイミングで、あと1ヵ月遅ければ破綻をするしかないという時期に、グレアムはヤフーとの買収話をまとめてきた。ヤフーが5000万ドルで、ビアウェブを買収したいというのだ。使った額が200万ドルで、買収額が5000万ドル。大成功だった。グレアムとブラックウェルは、早速モリスをピアス屋に連れていき、恐怖で涙目になっているモリスの耳に穴を開けさせた。

時代もよかった。米国はちょうどドットコムバブルの絶頂期で、成功してお金があり余っているヤフーは、有望なスタートアップがつくったサービスを片っ端から買い漁っていた。ビアウェブは、ヤフーに買収されてから、ヤフーストアという名前に変えられ、しばらくの間、ヤフーのショッピングサービスに利用されていた。

起業するモチベーションがわかない

贅沢な暮らしを望まなければ、一生お金を稼ぐことから解放された3人は、ビアウェブを解散して、それぞれの道に戻っていった。モリスは大学に戻って、本来の道である研究者になることを目指して学生生活を再開した。モリスワーム事件とビアウェブの起業で、まだ博士号もとれていない30代半ばの中年になっていたが、心は軽かった。お金を稼ぐ必要のなくなったモリスは、焦って研究職につく必要はない。自分さえそれでよければ、一生学生のまま、研究に没頭していてもいいのだ。

ブラックウェルはスタートアップ生活が気に入り、しばらく休んでから次のネタを探し始めた。後に、家庭用ロボットや遠隔地にいる人とコミュニケーションがとれるロボットを開発するエニーボッツ社を起業する。

グレアムは、ヤフーとの縁で、今度はヤフーの中で面白いことをやろうと、ヤフーに入社した。しかし、ヤフーの水が合わなかったようだ。ひとつは、ごく普通の従業員としての入社になってしまったことがある。上司がいて、自由な決定権は与えられなかった。もう、お金を稼ぐために働く必要はなくなったのに、お金を稼ぐために働いているかのようだった。グレアムは、ほどなくしてヤフーを退社した。

ヤフーを辞めて、もう一度起業をしようとも考えたが、自分にはそのモチベーションがまったく失われていることに気がついた。もともと、グレアムが起業をしたのは、お金を稼ぐために働くという惨めな生活に終止符を打ちたかったからだ。無一文だった30歳の青年が失敗をしても、無一文の33歳の青年になるだけにすぎないのだから挑戦する価値があるという思いで、ビアウェブを始めた。しかし、今は状況がもう違っている。慎ましやかな暮らしであれば、一生働く必要はない。ちょっとしたお金持ちの35歳なのだ。それが次に起業をして失敗したら、無一文の38歳になってしまう。それはさすがに怖かった。
 
(その5に続く)




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