中国の犯罪者は電子マネーで違法資金を高速洗浄

牧野武文

May 8, 2017 08:00
by 牧野武文

銀行よりもお得な口座

中国では、アリペイ(支付宝。アリババ)とWeChatペイ(微信支付。テンセント)が、決済手段の主役になっている。電子決済利用者は4.9億人、年間取引額は153兆円で、日本の30倍になる。

アリペイ、WeChatペイは、日本の電子マネーと基本的には同じ仕組みで、銀行口座などから事前にチャージをして、スマートフォンで支払いをするというもの。異なるのは、日本の電子マネーがFelica、NFCなどの近距離無線通信を利用するのに対して、アリペイ、WeChatペイはスマホにQRコードを表示して、これをカメラやスキャナーで読み込むことで支払いをする。店舗側ではスマホかタブレットがあればよく、カードリーダーは不要。消費者側では物理カードが不要で、スマホがあればいいという簡単さがある。しかも、QRコードが表示できればいいので、格安スマホや古い機種でも利用できる。

もうひとつの違いは、チャージ金額に上限がないということだ。日本の場合、5万円程度の上限を設けており、万が一事故や紛失が起きた場合でも、被害が広がらないように対策をしている。ところが、中国の場合、上限はなく、しかも銀行よりも有利な利息をつける。このため、「チャージ」という感覚ではなく、「銀行よりも有利な口座」という感覚で、資金のほとんどを電子マネー口座に入れている人も増えている。

新華社福州は、このような第三者支払いサービスが「洗銭」(資金洗浄)に利用されていると報道した。

リンクをタップした時点でアウト

今年1月18日、アモイ市の女性、蘇さんが、377万元(約6000万円)を騙し取られたと公安に届け出た。蘇さんは、自分の口座がある銀行の担当者と称する人物から、「あなたの口座が犯罪者の洗銭に利用される可能性がある。安全な口座を新たに開設して、至急、資金を全額移してほしい」という電話を受けた。中国で新たな銀行口座を開設するのは時間がかかる。急ぐ場合、アリペイのような第三者支払いサービスの口座を開いて、そちらに移そうと考えるのは自然なことだ。

その銀行の担当者と称する人物は、蘇さんのスマホに、手順をまとめた親切なショートメッセージも送ってくれた。蘇さんは、そのメッセージ内のリンクをクリックして、手順を確認、第三者支払いサービス(アリペイだと推測されるが、報道では特定されていない)の口座を開設し、そちらに銀行口座の資金377万元全額を移動した。

しかし移動した途端、蘇さんの資金は跡形もなく消えてしまった。

犯人の手口は単純だった。手順を説明したメッセージのリンクをタップすると、キーロガー系のマルウェアに感染するようになっていたのだ。蘇さんがどの第三者支払いサービスを開設したか、パスワードをどう設定したかが丸わかりになり、資金を移動するときに必要になる検証コードが記載されたショートメッセージは、犯人のスマホに転送されるようになっていた。犯人は、蘇さんの口座にアクセスをして、資金を別の口座に移しただけだった。

口座の問い合わせが間に合わない

資金を別の口座に移したなら、その記録がしっかりと残り、口座の所有者情報から犯人に迫ることができるはずだ。アモイ公安は、すぐに口座の資金移動履歴の照会を行った。しかし捜査を担当したアモイ公安局刑偵局陳幸鷺(ちん・しんろ)隊長によると「詐欺犯は、377万元の資金を4つもの電子マネー口座に転々と移し変えていきました。これが捜査の大きな障害となったのです」。

この4つの電子マネー口座を運営する本社は、深圳、上海などそれぞれが別々の都市にあった。アモイ公安は、各地の公安に捜査協力を依頼し、現地の公安が口座の本社に照会をすることになる。

アモイ公安の元に、各口座の資金移動履歴がすべて揃ったのは、1ヵ月以上後の2月の末だった。「詐欺犯たちは、このときには、とっくに資金を現金で引き出していました」(陳幸鷺)。

中央の公安部が捜査指揮をとる大型事件であれば、情報収集にも時間はかからないが、各地公安が扱う事件では、他地区の公安に捜査協力を要請する必要があるため、情報収集にどうしても時間がかかってしまう。詐欺犯は、このことを熟知していて、本社の所在地が異なる4つの口座を使って、資金を転々と移したのだ。

命を削って作った学費を盗まれる

詐欺犯による第三者支払いサービスの利用は急速に広がっている。アモイ反詐欺センターの責任者、胡建躍(こ・けんやく)氏は、こう語った。「昨年の1月から3月まで、詐欺犯が第三者支払いサービスを洗銭に利用した割合は38.6%でした。ところが、昨年12月から今年2月には68.9%にまで上昇しているのです」。さらに詐欺事件が発生したときに、犯人捜査よりも重要なのが、利用された口座の凍結であると胡氏は指摘する。「詐欺事件では、被害者の財産を守るということが第一です。詐欺犯は現金化を急ぎ、公安は凍結を急ぐ。そういう競争なのです」。

昨年8月、18歳の徐玉玉の事件が、中国全市民の悲しみを誘った。母親が「2600元(約3万6000円)の奨学金を得られる」という詐欺の電話を信じ込み、娘の徐玉玉が合格した大学の学費として納めるはずだった9900元(約16万円)を、指定された口座に振り込んでしまったという事件だ。その事情を知った徐さんは、すぐに近くの派出所に届けたが、その帰り道で悲嘆に暮れて、心臓麻痺を起こし救急搬送、病院で死亡してしまった。

中国では、大学に進学するには、学力よりも学費の支払いが問題になる。特に現金収入の少ない農家では、子どもの学費を稼ぐために、都市に出稼ぎに行き、危険できつい仕事に就くのがごく普通のことになっている。徐玉玉事件は、連日メディアで報道され、全国の関心を集め続けた。

この事件以降、公安部、中央銀行、銀行監視委員会は、第三者支払いサービスに対して、「口座開設時の本人確認を確実に行うこと」「口座の上限金額を定めること」の2つを再三申し入れている。だが第三者支払いサービスは、アリペイとWeChatペイが2強を占め、その他のサービスは生き残りをかけて熾烈な競争を行っている。利用者の利便性を低下させることはしたくてもできないのが現状だ。

利便性を取るか、安全性を取るか、中国市民は選択をしなければならない時期にさしかかっている。


中国全市民の大きな関心を集めた徐玉玉事件を報じる中国のニュースサイト「齐鲁财富网」。南京郵電大学に合格し、明るい将来を夢見ていた徐玉玉の人生は、一本の詐欺電話で粉々に打ち砕かれた。貧困家庭で、学費は半年間かけて作ったものだった。公安は、有力情報に5万元(約81万円)の懸賞金をつけるなど、全力で捜査を行った。一週間後に3人の容疑者を逮捕。法廷は主犯に対し、懲役7年の刑を申し渡したが多くの市民が納得をしていない。

ニュースで学ぶ中国語

 
洗銭(xiqian):資金洗浄のこと。犯罪などで得た不労所得は「白銭」。白銭を洗銭することに、アリペイに代表される電子マネー口座が悪用されている。




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