ハッカーの系譜(10)マービン・ミンスキー (4) 機械仕掛けの脳細胞を作る

牧野武文

February 17, 2017 08:30
by 牧野武文

知能の研究は未解明で深遠なものだ

プリンストン大学院数学科に進んだミンスキーは、位相数学の研究をしていた。決して嫌いではないが、どこか自分のやりたいことからは外れた感じをもっていた。

ミンスキーは当時を振り返って、あの頃、興味があったのは遺伝学と物理学、そしてまだ学問領域として成立はしていなかったが知能の研究の3つだったと語っている。「遺伝学は面白そうだった。未解明の領域がたくさん残されていたからね。でも、遺伝学が深遠なものかどうかわからなかった。物理学はほとんど解明されきっていた。でも、深遠な学問だと思った。一方で、知能の研究はまったく解明されていなく、同時に深遠なものだという気がしていたんだ」と語っている。

迷路を学習する機械SNARC

将来の進路を決めかねていたミンスキーだったが、同じプリンストン大学院物理学科のディーン・エドモンドと知り合いになると、ミンスキーの機械好きに再び火がついた。エドモンドに、以前から考えていた学習する機械のことを話すと、エドモンドは「そのような機械をつくるのは、そんなにむずかしいことではないように思うよ」と、興味を示してきた。

そして、二人はいくつかの回路図を描き始めた。ハーバード大学の物理学教授にそのことを話すと、「すぐにやってみるべきだ」と言ってくれ、それだけでなく、海軍研究所から2000ドルの資金まで確保してくれた。ミンスキーは、夏休みの間にエドモンドとともにハーバードに戻り、この学習する機械をつくり始めた。

このネズミのような形をした機械は、迷路を歩き回り、行き止まりやループになっている部分を歩くーーつまり、以前自分がいた場所に戻ることがあると、それを学習し、記憶をする。それで、迷路を抜けでることができる機械だった。

仕組みは複雑だった。真空管6本と1つのモーターで、1つの神経(ニューロン)が構成されていた。このニューロンは、人間のニューロンと同じように、電気信号を受けると、複数に分岐した出力線のいずれかに、信号を増幅をして伝える役割をする。このようなニューロンが約40個、機械には組みこまれ、ニューロン同士はランダムに接続されていた。

迷路をうまく進んでいるとき(未知の場所を移動し続けているとき)には報酬が与えられ、行き詰まったとき(行き止まりやループで元の場所に戻ってきてしまったとき)は罰が与えられる。うまくいっているときに動いていたニューロン経路は、以後も使われる確率が高くなり、行き詰まったときに動いていたニューロン経路は以後使われる確率が低くなる。

ミンスキーがつくった機械仕掛けの脳細胞

合計300本の真空管が使われたこのねずみロボットは、SNARCと名づけられた。Stochastic Neural Analog Reinforcement Calculator(確率的神経アナログ強化学習計算機)の略だ。このSNARCのつくられた年は1951年で、「世界初の迷路解決装置」と言われることもあるが、迷路を解く機械としては世界初ではない。実は、1930年ごろから、迷路を解く機械の開発はさまざまな分野の研究者が始めていて、ミンスキーがSNARCを開発したころには、サイバネティクスというひとつの学問領域にまで育っていた。このサイバネティクス研究者の大きな研究テーマが迷路を解く機械だった。

すでに1938年にトマス・ロスという研究者が「メカニカルラット」という迷路を解く機械を考案している。といっても複雑な迷路は解けない。12ヶ所の分岐がある線路状の迷路で、各分岐では左右のいずれか、正しい方を選ばないと、先が行き止まりになっている。このメカニカルラットは、試行錯誤をしながら、最後には12ヶ所すべての分岐で、正しい選択を「学習」して、迷路を正しく通り抜けられるようになる。

しかし、学習の仕掛けは実に単純なものだった。メカニカルラットの中には、金属の円盤があり、12ヵ所のノッチがついている。分岐にくると、まずは必ず左に進む。そしてそれが行き止まりだった場合、ノッチを下げて、分岐まで戻り、右に進む。これを繰り返し、ノッチの上下位置で正しい選択を「学習」するのだ。学習というよりは、記録に近いものだった。

一方で、ミンスキーのSNARCは、学習と呼んでもいいだろう。面白いのは、SNARCは300本の真空管で構成されていたことだ。真空管は電球と同じ構造なので、長い時間使っていると切れてしまう。その場合は、新しい真空管に交換しなければならない。ところが、SNARCは、多少の真空管が切れたとしてもちゃんと動作したのだ。

真空管が切れると、そのニューロンは機能しなくなる。しかし、人間の脳神経と同じように、いくつかの神経細胞が死んでも、神経経路はそこを迂回して連絡しあう。全体の効率は下がるが、多少の故障では機能は失われない。こういうほんとうの意味で「学習」する迷路機械はSNARCが世界最初のものだと言っていいだろう。

「考える」とはなにかを考える

しかし、ミンスキーはサイバネティクスからも距離を置いていた。サイバネティクスはどちらかというと、知能よりも、人間の腕や脚といった仕組みを機械で再現しようとする試みだ。後のロボット工学に大きな貢献をしたものの、ミンスキーにしてみれば、大学に入った頃やったザリガニロボットのレベルにすぎないように見えた。

いずれにしても、ミンスキーは忙しくなった。そろそろ博士号論文を書かなければならないからだった。躊躇することなく、SNARCで学んだテーマを選んだ。「自己組織化ランダムネットワーク」の研究で、ミンスキーは数学の博士号を取得する。博士号を取得したミンスキーは、またしても自分の身分を確保することに悩まされた。どこかの企業に就職をするつもりはなく、研究者の道を歩きたかったのだが、そうそう研究職の空きがあるわけではなかった。

ようやくハーバード大学のジュニアフェローの口を確保し、3年間は研究に没頭できるようになった。これは定員が30名しかなく、各分野から1人ずつだけ選ばれるという難関の職だ。

生活が保証され、すべてを研究に注ぎこめる環境が確保できたが、ミンスキーはなにを研究したいのかがまだわからなかった。「考えるとはどういうことかを考える」ことを追求すべきだとはわかっていたが、いったいそれは数学の分野になるのだろうか、心理学の分野になるのだろうか。それとも哲学なのだろうか。やりたいことの方向性は見えているのに、既存の学問領域にうまくフィットしないため、どの系統の勉強をすればいいのかがまったくわからなかった。
 
(その5に続く)




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