ハッカーの系譜(10)マービン・ミンスキー (3) 研究テーマと進路に迷う天才

牧野武文

February 15, 2017 08:30
by 牧野武文

ザリガニでロボットアームをつくる

ミンスキーにとって、ハーバード大学は最高の場所だった。物理学科に入学したが、他の学科の講義や実習にも気軽に参加ができる。ミンスキーは、面白そうな研究を探し歩いて、毎日大学の中を歩き回っていた。

その中で、ミンスキーが惹かれたのが神経生理学だった。神経生理学の教授と話していると、「ザリガニの神経系統についてはまだ未解明なところが多い」と言う。ミンスキーはその言葉で、ザリガニに惹かれて、毎日大量のザリガニを解剖するようになった。ザリガニのハサミの部分から神経線維を探りあて、そこに電気ピンセット(銅と亜鉛でできたピンセット。神経に触れると微細な電流が流れる)をあてて、どの筋肉が動くか、その対応を記録していった。

ミンスキーは、この研究をすぐにものにしてしまい、ザリガニを操る達人になってしまった。ミンスキーが電気ピンセットをあてると、ザリガニのはさみはデスクの上の鉛筆を拾い上げ、それをぐるぐる回すように操ることができるようになったのだ。

ミンスキーは、後年、ロボットアームの研究を始めたときに、このザリガニ研究のことを思いだしていたという。

心など存在しない。心を科学することに目覚めたミンスキー

ハーバード大学のメモリアルホール地下は、心理学研究所になっていた。そこには、心理学のバラス・スキナーの研究室があった。スキナーは徹底した行動主義者で、心理学を科学にしようとしていた。

行動主義心理学の考え方は、大胆に言えば、「心など存在しない」という主張だ。すべての行動は、遺伝と環境の因子によって決まってくる。特定の行動は、報酬が与えられれば、その行動をとる確率が高くなっていくと考える。たとえば、スキナーが考案したスキナー箱という装置には、なんの変哲もないレバーがついている。なにかの拍子に、ラットがこのレバーを下げると、餌がでてくる。ラットは、餌という報酬が与えられるため、レバーを押す行動をとる確率が高くなる。スキナーはこれをオペラント反応と呼び、行動はこのような報酬と罰によって学習されていくのだと考えた。

ミンスキーはショックを受けた。それまで心理学の話は聞いていたが、ミンスキーはまったく興味がもてなかった。なぜなら、心理学は単に目の前の現象を説明するだけで、科学とは言えないと感じていたからだ。心理学は文学みたいなもの、あるいはもっとひどい言い方をすれば、ポエムみたいなものだと思っていた。しかし、心理学の分野でも科学的な手法をとろうとしている研究者がいるということがわかったのだ。

たとえば、精神分析学のフロイトは、人の欲望の心を3つの要素で説明する。エス、エゴ、スーパーエゴだ。エスは欲望の源泉で、ここから人のさまざまな欲望が湧き上がってくる。しかし、すべての欲望を実現してしまうと社会性を失ってしまうことになる。そこでエゴが、欲望を検閲し、社会性を失ってしまうような欲望を抑圧し、社会性に見合った欲望だけを意識上にのぼらせる。スーパーエゴも、道徳や倫理の観点から同じように、検閲と抑圧をおこなう。このエゴによって抑圧され、実現できない欲望が溜まってくると、さまざまな精神的な問題を引き起こすとフロイトは考えた。

心理学者たちは、このフロイト理論を受けて、ではエゴとはどういうものなのか、どこに存在しているのかを議論し始めた。しかし、それはまったく意味がないことなのだ。

なぜなら、フロイト自身、エスやエゴなどというものが人の心の中にほんとうに存在しているなどとは思っていない。人の心という複雑なものを理解するための手がかりとして、そういう仮定、あるいはそういうフレームワークを想定しただけなのだ。

そのフレームワークの原型となっているのは国家集団だ。市民が欲望の源泉であり、為政者はそれを検閲し、ある欲望は実現をし、ある欲望は抑圧をする。さらに、法皇が道徳や倫理から市民の欲望を検閲する。つまり、フロイトは市民=エス、為政者=エゴ、法皇=スーパーエゴというアナロジーで、人の心を理解しようとした。フロイト自身、本気で人の心がそういう構造になっているなどとは考えてなく、そういうフレームワークを使うと、うまく理解できるというだけにすぎない。

それを本気でそんなものが存在すると思いこんで、「エゴとはなにか? 脳のどこの部分にあるのか?」という議論をしている心理学者は滑稽ですらあるとミンスキーは感じた。

一方で、スキナーの考え方には感銘を受けた。「心など存在しない」というのはやや強弁にしても、測定、観察できる行動からすべてを導きだそうとしている。これこそ科学的な態度だと思えた。

機械の知能をつくりたい

ミンスキーは、スキナーのオペラント反応の話を聞いて、脳の神経組織も、同じような仕組みで成長していくのではないかと考えた。つまり、脳の中にある神経組織は、最初はまったくでたらめに神経線維を伸ばしていく(当時はそう考えられていた。現在は、かなりの部分、遺伝的に決まっていると考えられている)。そして、さまざまな行動をし、神経電流が流れた神経組織はオペラント反応のように強化学習され「太く」なる。つまり、使われる確率が高くなっていく。こうして、脳の神経が組織化され、複雑な思考や感情が生まれてくるのではないか。

ミンスキーは、だとしたら、そういう模型装置を組み立ててみたいと考えるようになった。センサー群と受容器がランダムな配線で結ばれている。そのセンサーになにかを感じさせて、受容器の測定値により、報酬を与えたり、罰を与える。報酬と罰によって、どの配線が使われるかの確率が変わっていく。こういう装置に、うまく報酬と罰を与えれば、その装置はなにかを学習するのではないか。装置が学習したら、その装置は知能をもっていると言えるのではないか。

しかし、大学生のミンスキーは、まだ具体的な装置を設計するだけのスキルをもっていなかった。それどころか、あちこちの研究室に遊びにいっていたため、学業成績が悪く、大学院に残れるかどうかすら危うい状況になっていた。

「数学のメッカ」プリンストン大学へ

ミンスキーはどうしても大学院に進学し、研究生活を続けたかった。一応、物理学科に入学したものの、自分がほんとうにやりたいことは、既存の学問領域のいずれにもあてはまらない。大学院に進んで、もうすこし学際的な研究をしてみたかった。しかし、成績は卒業すら怪しいレベルで、とても大学院に進学できるようなものではない。

方法はひとつしかない。素晴らしい卒業論文を書いて、一発逆転をするしかなかった。しかし、運の悪いことに物理学科には卒業論文という単位がなかった。論文を書くことは自由だが、そのためにはどこかの研究室に所属をして、その研究室の教授から与えられたテーマの論文を書くしかない。それでは一発逆転のしようがない。そこで、卒業論文がある数学科に転科した。数学科であれば、実験などは必要なく思考だけで論文が書けるので、テーマさえよければ、内容はどんなものでも教授は認めてくれる。素晴らしい数学の卒業論文を書いて、それを引っさげて大学院に進学しようと考えたのだ。

ミンスキーは数学科に移り、2ヵ月間寝食を忘れて、不動点定理に関する卒業論文を書いた。ところが、この論文のできがあまりにもよすぎたため、ミンスキーの思惑とは違って、数学研究のメッカであるプリンストン大学大学院への進学を強く勧められてしまった。

ミンスキーは数学者になるつもりはなかった。かといって物理学者になるつもりもなかった。自分のやりたいことは、既存の学問領域の中に収まってはない。そういういらだちがあるだけで、ではどんな学問領域なのだと問われると、自分でもまだはっきりと答えることができない。ミンスキーは数学科教授の勧めに従って、プリンストン大学院に進学することにした。
 
(その4に続く)




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