ハッカーの系譜(10)マービン・ミンスキー (2) 尊敬する大人と幻滅する大人

牧野武文

February 7, 2017 08:30
by 牧野武文

いじめにあっていたミンスキー少年

ミンスキーは「野原でボールを探す問題」に関する経験をずっと覚えていて、「大人が完璧な存在ではないということを初めて発見した」衝撃的な事件だったと述懐している。

この試験官に、ミンスキーの才能が見抜けたどうかは疑問だが、ミンスキーは知能検査で高得点をとったため、知能指数の高い子どもばかりを集めた公立の実験校に入学することになった。

しかし、ミンスキーはその学校に馴染めなかった。後年「タップダンスの授業があってね」とユーモラスに語っているが、おそらくはいじめにあっていたのではないかと思われる。両親は、学校にいきたがらない息子のことを心配して、それまでニューヨーク中心部のマンハッタンで都会的な生活をしていたのに、下町のブロンクスに引っ越すことにした。実験校も、小学生には遠すぎて通学するのがむずかしいという理由で、ブロンクスの地元にある公立学校に転校させた。

しかし、この公立学校では、さらにひどいいじめに合う。いわゆる不良グループがいて、ミンスキーはその標的になってしまった。仲間はずれ、言葉の暴力だけでなく、身体的な暴力をふるわれることも珍しくなかった。両親は教師に助けを求めたが、教師は冷たかった。知能は高いものの、社会性を身につけるのに苦労をしているミンスキーを、努力不足で積極性がないと決めつけ、小学校4年生に進級するのをあきらめて、3年生をもう一度やった方がいいと助言する始末だった。

ミンスキーの両親は、学校と教師に憤りを感じた。すぐに公立学校を退学させ、私立のフィールズトン校に入学させた。そこでようやくミンスキーは授業に集中できるようになった。

世界でいちばんの悪臭を放つ化合物

フィールズトン校は、現在の貨幣価値で年間500万円近くの学費がかかる私学だが、芸術教育に力を入れていて、ここの卒業生は音楽や映画、ジャーナリズムなどで活躍している人が多い。ミンスキーはフィールズトン校の水が合った。この学校で、化学や数学が好きになり、学ぶだけでなく、フィールズトンの伝統に則って、さまざまな科学実験を楽しんだ。

化学の本を読んでいて、エチルメルカプタンという物質に興味をもち、自分で実際に合成してみたいと思うようになった。なぜ、エチルメルカプタンという物質に興味をもったのか。化学の本に、「グラムあたりこの世でもっともひどい悪臭を放つ」と書いてあったからだ。

ミンスキーは科学教師のハーバード・ジムのところに相談をしにいった。ジム教師は、もちろんエチルメルカプタンという物質についてよく知っていて、ミンスキー少年がなぜつくりたがっているのかもだいたい察しがついた。どう使うかはわからないが、そんな危険な物質を子どもにつくらせるわけにはいかない。臭いだけでなく、引火性も高く、人体にも有害な物質なのだ。ましてや、いたずらをしたがって、いつもうずうずしているようなミンスキーに渡したら、どんな大惨事が起きるかわかったものではない。

しかし、ジム教師は叱らなかった。「エチルメルカプタンを合成するには、まずいったんエチルクロライドを合成して、そこから化学合成をしてエチルメルカプタンをつくる」ということを、ミンスキーといっしょに化学の本で調べて、「まずはエチルクロライドをつくってみよう」と提案した。ところが、このエチルクロライドは常温では不安定な物質で、合成をしてもすぐに蒸発してしまう。ミンスキーがなんども合成してみても、エチルクロライドはすぐに消えてしまう。何度も失敗した後、ミンスキーは、ジム教師の意図をようやく理解した。だめだと禁止するのではなく、やれるところまでやらせて、ミンスキーがあきらめるのを待っていたのだ。ミンスキーはジム先生を尊敬し、多くのことを学ぶようになる。

大人に幻滅し、本を読むようになったミンスキー

一方で、ミンスキーは普通の大人に幻滅していた。大人はなんでも知っていて、理知的な存在だと思っていたのに、どうも違うということがわかり始めていた。

ミンスキーは、ラジオなどの機械工作が大好きだった。そうやって、ラジオをいじっていると、ある大人が「ボリュームつまみはどうやって、音量を大きくしたり小さくしているのか」と尋ねた。それまでミンスキーはそんなことは考えたことがなかった。もちろん、実感としてボリュームつまみがどういう働きをするかは理解していたが、「言葉で説明する」ということをやってみたことがなかったのだ。

ミンスキーはとっさに自分が理解していることを言葉にしてみた。「スピーカーに送る電気の量を増やしたり、減らしたりします。電気の量が増えると、音量も大きくなるのです」。自分でもうまく説明できたと思ったし、質問をした大人も誉めてくれた。

この体験をしたミンスキーは、さまざまな現象を言葉で説明することに熱中した。ある大人に、参考にするため、「ボリュームつまみはどうやって音量を大きくしたり、小さくしたりするのか」と尋ねてみた。すると、その大人はしばらく考えこんでから、「スピーカーにはフタのようなものがついている。ボリュームつまみを回すと、このフタが開け閉めされて音量が調節されるんだ」と答えた。それも冗談ではなく、大真面目に。

ミンスキーは大きなショックを受けた。大人でもこんなおかしな考え方をしている人が、世の中には一定数いる。ミンスキーはしだいに本を読むようになり、知識を本の中に求めるようになっていった。

科学高校から海軍へ

フィールズトン校を卒業すると、新設されたばかりのブロンクス科学高校に進学した。理系の天才児ばかりを集めた高校で、後にはノーベル賞受賞者も輩出するようになる。

ミンスキーはこの科学高校の水があった。同じ学校には、フランク・ローゼンブラッドもいた。このローゼンブラッドは、後にパーセプトロンを考案し、人工知能の分野に大きな貢献をしただけでなく、ミンスキーと激しい論争をすることになる。

ミンスキーはあちこちの教室を飛び回り、実験器具に触ったり、友人と議論したりして、充実した高校生活を送っていたが、せっかくのブロンクス科学高校にも長居はできなかった。というのは、この高校は新設されたばかりだったので、大学の進学には不利だったのだ。そこで両親は、高校の最後の年をアンドーバー高校ですごしてはどうかと提案し、ミンスキーもその助言に従った。

しかし、ミンスキーの進路は揺らいでいた。このときは1945年で、太平洋戦争がまだ続いていた。大学に進んでも、いずれ徴兵されてしまい、じっくりと研究をしてすごすわけにはいかない。そこで、ミンスキーは海軍に志願することにした。自ら志願をすれば、希望の配属先を考慮してもらうことができ、海軍内で研修を受けて、電子工学系の大学などに出向させてもらえる可能性があったからだ。ミンスキーはそのコースに希望をかけて海軍に入隊した。

海軍の研修ではなにをやらせても圧倒的な成績だった。理系の研修はもちろん、シミュレーターを使った射撃訓練でも群を抜いた成績を残した。ミスなしで連続して120機を撃ち落とすという基地の記録をつくってしまうほどだった。しかし、ミンスキーに射撃の才能があったわけではなかった。ミンスキーはこっそりとシミュレーターの訓練用フィルムを覗き見て、どの位置に機影が描かれているか、そのパターンを暗記してしまったのだ。

好成績を修めたミンスキーは、自分の希望を聞き入れてもらうことができ、どこかの大学か研究所に出向して、レーダーの研究をすることになった。ようやく、落ち着いて研究生活を送ることができる。

しかし、その矢先に戦争が集結してしまった。ミンスキーは、すぐに除隊をして、ハーバード大学の物理学科に入学できることになった。

(その3に続く)




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