ハッカーの系譜⑨オープンソースの巨人たち (9) ネットスケープの快進撃が始まる

牧野武文

January 10, 2017 08:30
by 牧野武文

ユーザーにはタダ同然、企業から利益をあげる

しかし、新しいモザイクを開発したとして、どうやってマネタイズしたらいいのだろうか。NCSAのモザイクは、研究プロジェクトなので、お金を稼ぐ必要はなかった。そのため、ほぼオープンソースに近い形で公開することができ、ユーザーは無料で手に入れて使うことができた。しかし、モザイクコミュニケーションズ社は民間営利企業だ。だれからお金をとったらいいだろうか?

新しいモザイクをマイクロソフトのオフィスのようにパッケージ販売する? それはすぐに否定された。無料のモザイクが存在する以上、多少機能が上回っている程度ではお金を出して買う人はごくわずかだろう。

クラークが注目したのはeコマースだった。小売企業がウェブカタログを公開する。消費者はそれをインターネット経由で見て、欲しい商品を見つけたらクリックすればその商品が宅配便で送られてくるというものだ。消費者には無料でモザイクを配布し、多くの人に使ってもらう。一方で、小売企業にはモザイクとそのシステムを購入してもらい、コンサルティングもおこなう。この企業側からの収益で会社を運営できると考えた。

ECサイト用ツールとしてモザイクを開発するのであれば、どうしても必要になるのがセキュリティソケットだ。支払いはクレジットカードになるだろう。送り先の住所などの個人情報もやりとりされるだろう。暗号化されたセキュアな通信ができることが、モザイクには間違いなく求められる。このセキュア通信が信頼に足るものであれば、小売企業はサーバーごとに1500ドルの料金を払って、モザイクシステムを導入してくれるだろう。そうすれば、モザイクコミュニケーションズ社は充分に利益をだすことができ、株式公開ができるとクラークは考えた。

モザイク虫を踏み潰すのは怪獣モジラだ!

開発チームのライバルは、つい最近まで自分たちがいたNCSAモザイクチームだった。すでにNCSAモザイクは600万人のユーザーがいて、毎月60万人ものユーザーを増やしている。うかうかしていたら、圧倒的な差をつけられて、ひっくり返すことはできなくなる。

開発チームは、NCSAモザイク以上のユーザー体験を提供しようとした。ブラウザーは主にテキストと画像を表示するが、NCSAモザイクはテキストと画像をいっしょに読みこむ方式だった。当時はインターネット回線の速度が速くなかったので、URLを入力しても、表示されるまでに待たされるのが普通だった。その待たされる間、NCSAモザイクではなにも表示されない。ただ、真っ白い画面が見えているだけになる。

アンドリーセンたちの”新しいモザイク”では、テキストだけを先に読みこむようにした。このため、まずテキストだけが表示され、それから画像がゆっくりと表示されていく。全体を表示するまでの時間はさほど変わらないものの、待たされる感じがしなくなる。これだけでも、ユーザー体験は大きく向上する。

また、NCSAモザイクはUNIX版、Mac版、Windows版と別々にコーディングされていたが、新しいモザイクでは80%程度のコードを共通化することにした。これで、アップデートの作業が楽になり、アップデートの頻度でNCSAモザイクを圧倒できるようになる。

新しいモザイクの形が見え始めてくると、あるプログラマーがこう言った。「みんなでつくっているこのブラウザーは、NCSAモザイクを干からびた虫みたいに踏み潰さなければいけないんだ!」。それを聞いたプログラマーのザウィンスキーが突然「モジラ!」と叫んだ。干からびた虫を踏み潰す怪獣の名前だった。開発チームは、自分たちのブラウザーを「モジラ」と呼び始めた。

公開が大成功したネットスケープナビゲーター

モジラのリリースが近くなると、動作テストをしなければならない。しかし、開発チームにそれだけのマンパワーはない。開発チームは、「ウェブをサーフィンして、お金を稼ごう! 時給は10ドル」というチラシをつくって、スタンフォード大学や地元のカレッジでばらまいた。学生に動作テストをやらせたのだ。

こうして、1994年10月、モジラのベータ版0.9が公開になった。NCSAはそのタイミングで、モザイク・コミュニケーションズという社名に文句をつけてきた。自分たちのモザイクという名前が使われているからだ。ここで、問題を複雑にすると、今度は「モジラにはNCSAモザイクのコードが盗用されている」と言い出すに決まっている。モザイク・コミュニケーションズは、あっさりと社名を変えた。新しい社名は、ネットスケープ・コミュニケーションズだった。風景を見渡すランドスケープからの発想で、ネット世界を見渡すという意味だ。モジラの商品名もナビゲーターに決まった。ネットスケープ社のナビゲーター、ネットスケープナビゲーターの誕生だった。

大成功だった。わずか4ヵ月でダウンロード数は600万本に達し、調査会社はブラウザーシェアの75%を獲得したと報告してきた。

Mosaic Netscape 0.9, a pre-1.0 version Photo by Wikipedia

ただし、ナビゲーターは無料ではなかった。一応39ドルという価格が設定されていた。3ヵ月間は無料試用期間であるという建前だった。3ヵ月をすぎて使うには、クレジットカードを使って代金を支払い、ナビゲーターを購入しなければならなかった。企業向けサーバー製品は1500ドル、EC用サーバー製品は5000ドルだった。

パッケージ販売を古臭くさくしたネットダイレクト販売

ナビゲーターが成功した理由は、最初から収益を企業から得ることに焦点を当ててていたからだ。一般向けナビゲーターは、3ヵ月の試用期間がすぎたら39ドルを支払うことになっていて、ナビゲーターの製品の質の高さに感動し、素直に支払うユーザーもたくさんいた。しかし、まったく無料で使うことも事実上できたのだ。

NCSAモザイクは、ライセンス生産を認める戦略を取ってきた。契約金10万ドルで、出荷したコピー一部につき5ドルを支払うというものだった。日本の富士通やNECを含む数社がこのライセンスを購入し、自社でカスタマイズしたブラウザーを開発した。

ところが、多くの企業は、従来のパッケージソフトウェアと同じように、CD-ROMに入れて販売店で売った。ブラウザーだけでは売れないと考えた各企業は、インターネットに接続するためのソフトも同梱して、「初めてインターネットにアクセスするためのキット」として販売した。それは決して悪くない発想だ。しかし、そのようなキットを買うのはどんな顧客かを考える必要があった。

このようなキットを買うのは、これからインターネットに接続しようと考えている人たちだ。しかし、当時のインターネット接続は、一般の人には難解な用語が頻出し、設定を間違うと接続ができないというものだった。そのような人向けにブラウザーを販売しても、かなりの人数の人がインターネット接続に挫折して、ブラウザーを使わずに終わるか、あるいは接続できても、インターネットの作法に慣れていないためにブラウザーが使いづらい、使い方がわからないということが起きる。ブラウザーの評判は実力以下のものになってしまうのだ。

一方で、ナビゲーターはパッケージ販売ではなく、ネットから自由にダウンロードできる方式で公開された。つまり、ナビゲーターのユーザーは「すでにインターネットに接続できている人」だ。しかも、その多くがtelnetやftpといったウェブ以前のテキストベースのツールを使った経験がある。テキストと画像が一度に表示されるウェブは新鮮であり、ナビゲーターもマニュアルなど読まなくても、推測で使いこなしてしまう。ネットでのコミュニケーションにも慣れている。ナビゲーターは実力以上の評判を得ることに成功したのだ。

試用版はタダ同然、コミュニティにも貢献できる

しかも、実質的には試用期間の3ヵ月がすぎても、ナビゲーターの価格の39ドルを支払う必要もなかった。製品版とは別に、ほぼ毎週、数日ごとに、評価版が次々と公開されるからだ。評価版は、期限が設定されていて、それをすぎると使えなくなるようにされていた。しかし、その期限よりもずっと早く、新たな評価版が公開されるのだ。評価版を使い続ける限り、ナビゲーターを無料で使い続けることができた。

評価版は、建前上は、バグが残っている可能性があり、それをネットスケープコミュニケーションズに報告する必要がある。報告をする人はごく一部だったと思われるが、それでも多くの人が「いっしょにナビゲーターを育てている」実感をもった。

この「実質無料」戦略は破壊的だった。NCSAモザイクからライセンスを購入してブラウザーを開発したソフトウハウスは、従来通りパッケージに入れて、小売店で販売をしている。インターネットに慣れているユーザーにとっては、今すぐ目の前のPCから最新のナビゲーターが無料でダウンロードできるのに、わざわざ小売店にいってお金をだして別のブラウザーを購入する意味が理解できなかった。

他社も、ナビゲーターに対抗するために、実質無料戦略を試みたところもあったがまったくうまくいかなかった。なぜなら、NCSAモザイクに1本5ドルのライセンス料を支払う必要があったし、パッケージや流通にもコストがかかる。ネットスケープコミュニケーションズは、企業向けの商用システムで利益を上げるビジネスモデルだったので、消費者向けブラウザーは実質無料にして、シェアを拡大する戦略がとれた。
 
その10に続く




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