底知れぬ「Shadow Brokers」 (8) 暴露情報がヒラリーにダメージ

江添 佳代子

December 27, 2016 08:00
by 江添 佳代子

どちらを落選させたいのか

今回の米大統領選挙は、「全米国民をふるいにかけて残ったはずの2人がヒラリーとトランプというのは、一体どういうことだ?」という不満の声が大いに訴えられてきたものだった。二大政党制においては珍しくない現象だが、ここまで両候補者が徹底的に嫌われていた大統領選挙は珍しい。その不満は、「どちらの候補者の得票数も少なかった」という結果にも表れている。

『The Guardian』が11月9日に発表したグラフに示されているとおり、トランプとヒラリーの得票数はいずれも「前回の選挙で敗退したロムニーの得票数」と大差ない(ちなみに、このとき当選したオバマの得票数は、ロムニーの得票数を500万票ほど上回った)。今回の選挙では、まったくの無意味だと分かりきっていながらもサードパーティに票を投じた有権者、つまり「どちらがマシか最後まで決められなかった人々」の多さが指摘されている

さらに面白いのは、今年5月9日に発表されたロイターとイプソスによる世論調査の結果だ。この調査は、トランプかヒラリーのいずれかに投票する予定の人々を対象に「投票の理由」を尋ねたもので、回答はいずれも「トランプの当選を/ヒラリーの当選を阻止するため」がトップとなり、それぞれの回答者の半数近くを占めた。

大雑把な計算をするなら、今回の大統領選で投票した有権者は全体の60%弱で、いずれの候補者も、その半数の票を獲得できていない(共に全有権者の30%以下の得票数)。さらに、そのうちの半分が「相手の当選を阻止するための票」だったとするなら、候補者の政治姿勢を支持して投票した人々は、どちらも有権者の15%弱となる。多くの市民が「ヒラリーだけはイヤだ」「トランプだけはイヤだ」というジレンマに陥った低次元な選挙戦だったと言っても良いだろう。

「選挙前の暴露」が行われるまでの背景

ここまで2人が嫌われたのはなぜか? トランプに関しては言わずもがなだが、ヒラリーが疎まれた最大の理由のひとつは、第三者によって山ほど暴露されたスキャンダルだった。特に2016年以降は、WikiLeaksをはじめとした活動家団体やハッカーが、これまで隠されていたヒラリーと民主党のトップシークレットを続々とオンラインに公開した。それは米国の政財界における彼女の圧倒的な力を見せつけ、同時に多くの反発を呼んだ。

さらに彼女のスキャンダルが暴かれた際、法執行機関や大手メディアが「機密情報を盗んだ悪党」に言及するばかりでホワイトハウスに釈明を求めなかったこと、また一部のSNSが「漏洩情報にユーザーをアクセスさせないように細工している」と思われる動作を見せたことも、一部の有権者が抱えていた不信感に拍車をかけた。

この流れは、インターネットの自由や権利を訴える人々にも影響を及ぼした。ほんの半年ほど前まで、多くのネット市民から攻撃されていたのはトランプのほうだったはずなのだが(参照:『米大統領選「トランプ現象」にAnonymousも便乗』)、機密情報が次々と公開されていくうち、攻撃の矛先をヒラリーへと回したハクティビストやスクリプトキディの数が増え、またFacebookでヒラリーに不利なデマを流す輩も増えていった。

たとえば「彼は許されざるレイシストだ」として、トランプの公式ウェブサイトを何度かテイクダウンしてきたハッキング集団Ghost Squad Hackersも、今年6月以降は手のひらを返したようにヒラリーの支持者たちを襲う「#OpKillary」作戦を決行する立場となった。また、昨年のブルームバーグのインタビューで「オバマとヒラリーを支持している」と語ったキム・ドットコムも、のちにジュリアン・アサンジとタッグを組んだかのようなアンチ・ヒラリー活動を展開するようになり、大統領選の直前にはトランプを応援するツイートを連投した

そんな状況下で、Shadow Brokersが選挙の一週間前に暴露したのは「ヒラリーのスキャンダル」ではなく「NSAの秘密」だった。それは、すでに多くの人が忘れかけていた「米国の諜報機関による市民のオンライン監視」を思い出させ、その闇の深さを改めて確認させるものでもあった。法執行機関とIT業界に強力なパイプを持つヒラリーが政権を握ったとき、その監視体制はオバマ政権下からそのまま受け継がれ、強化され、ますます多くのことが水面下で進んでしまうに違いない……と考えた有権者もいただろう(※)。

一部の人に与えられた、最後の一押し

とはいえ、「Shadow Brokersがトランプを当選に導いた」などと語るつもりはない。DNC事件への関与を否定したときのプーチン大統領も語ったとおり、米国の選挙は複雑だ。機密情報が漏れただけで選挙結果が逆転したとは言えない。

さらにWikiLeaksによるヒラリーの機密情報公開と、 GUCCIFER 2.0による米民主党全国委員会の情報漏洩の2大スキャンダルに比べれば、Shadow Brokersの暴露した内容は話がややこしすぎる。多くの人々は、イラクやシリアに関連した派手な暴露、民主党がサンダースを蹴落とすために仕組んでいた罠、そして「ヒラリーと法執行機関、メディアやSNS、IT企業との癒着を示唆した情報」のほうに興味を示したに違いない。

しかしShadow Brokersが2度に渡って行った情報流出は、それらに続くタイミングで、ダメ押しのように投下されたものだ。「どちらの候補者を、より落選させたいのかを争った僅差の戦い」において、それは決して無視できない。そして普段からインターネットの検閲やサイバー戦争の激化を恐れてきた人々にとって、Shadow Brokersが暴露した内容は、WikiLeaksやGUCCIFER 2.0の暴露と同様に(あるいはそれ以上に)懸念されるものだった。

Shadow Brokersの正体が、本当に「トランプの当選を望んでいたロシア政府」であったのかどうかは分からない。しかしいずれにせよ、数々の漏洩情報によって米国の政治に不信感を強めていた一部の米国市民は、「いっそのこと何も政治経験のない、インターネットのことなど何も分かっていない男を当選させたほうがマシではないか?」と悩みはじめていただろう。Shadow Brokersは、そんな人々の背中を最後に軽く押したかもしれない。

※ただし「8年間の民主党政権がNSAの監視を拡大してきた」のではない。スノーデンが開示したNSAの監視プログラムの多くは、ブッシュ政権からオバマ政権へと丸ごと引き継がれ、いずれの政権下でも問題視されることなく秘密裏に運用されてきた。
「ビル・ゲイツに命じればインターネットを閉鎖できる」と思い込んでいたトランプが、それらのプログラムの内容を理解できるのかどうかはさておき、おそらく共和党政権下でも基本的には同じ計画が引き継がれるだろう。

江添 佳代子

江添 佳代子

ライター、翻訳者。北海道生まれ、東京育ち、カナダ・バンクーバー在住。インターネット広告、出版に携わったのち現職。英国のITメディア『The Register』のセキュリティニュースの翻訳を、これまでに約700本以上担当してきた。
THE ZERO/ONEの記事を中心に、ダークウェブをテーマにした『闇ウェブ』(文春新書)の執筆に参加。

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