ハッカーの系譜⑨オープンソースの巨人たち (7) 無料のソフトウェアで利益をあげるレッドハット社

牧野武文

December 22, 2016 08:30
by 牧野武文

1993年、Linuxが登場して間もないころ、ロバート・ボブ・ヤングは小さなソフトウェア販売会社を経営していた。メーカーが開発したUNIXアプリケーションを扱い、フリーウェアやシェアウェアを集めたCD-ROMなども販売していた。仕事の流れで、LinuxのCD-ROMも扱うようになった。ヤングはLinuxに対して特に気をとめることもなく、漫然と販売を続けていた。

ところが、Linux CD-ROMは群を抜いた売上を示すようになり、しかも、その売行が落ちる気配がまったくなかった。驚いたことに、Linux CD-ROMに収録されているソフトウェアがアップデートされるたびに大量に売れていく。ヤングはビックリして、Linuxとはいったいどういうものなのか、ようやく調べた。商売人であるヤングらしく、Linuxの技術的な面よりも、その経済性に惹かれた。つまり、これは商品として儲かると考えたのだ。ヤングは、すぐにLinux関連製品を販売するレッドハット社を設立した。

なぜ人々はハインツのケチャップを買うのか?

しかし、Linuxのようなオープンソースソフトウェアで、どうやって利益をあげようというのだろうか。たとえば、マイクロソフト社のWindowsは、マイクロソフト社あるいはその代理店から購入するしかない。消費者にできるのは、価格と内容を考慮して、買うか買わないかを判断することだけだ。しかし、Linuxはインターネットや友人から簡単に、しかも無料で手に入れることができる。それをわざわざレッドハット社にお金を払って購入することにどんな意味があるのだろうか?

ヤングは、ハインツのケチャップのビジネスについて考えてみた。ケチャップは、トマトをすりつぶしたものに塩や香辛料で味つけをしたものだ。自宅のキッチンで、トマトと調味料を用意して、ハインツと瓜二つの味のトマトケチャップをつくることもできる。自分でケチャップをつくったとしても、ハインツ社の知的財産を侵害することはない。

しかし、ケチャップを自分でつくる人はごく少数で、ほとんどの人はスーパーにハインツのケチャップを買いにいくのだ。これはどういうことだろうか? とヤングは考えた。答えは簡単だ。ハインツのケチャップを買った方が、面倒が少なく、安上がりだからだ。

ヤングは再び考える。では、どうしてみなハインツのケチャップばかりを買い、デルモンテのケチャップは買わないのだろうか。それはブランドマーケティングの成果だという。人はケチャップと言えばハインツだと思い、デルモンテのケチャップはケチャップに似て非なるものだと思っている。ハインツはそう思い込ませるようにマーケティングをおこないブランドを築いてきた(ヤングは、決してハインツのケチャップの方が美味しいわけではないのにと言っている)。

レッドハット社を設立したロバート・ボブ・ヤング Photo by Wikipedia

なぜ人々はエビアンの水を買うのか?

さらにヤングは考えていく。手元にある蛇口をひねれば水がいくらでも出てくるのに、なぜ人は割高なエビアンのミネラルウォーターを買うのだろうか? それは、水道水はどうも信用できないという不安をもっているからだ(ヤングは、これもばかげた不安にすぎないと言う)。

つまり、世の中を見ればLinuxを売って、ビジネスが成り立たない理由などないということだ。Linuxはオープンソースなのだから、無料で手に入れる。しかし、ハインツのケチャップのように自分で手に入れるより面倒が少なく、安上がり(当時はネットの通信費や保存するストレージメディアの値段も無視できなかった)であれあれば、立派なビジネスになる。さらに、LinuxはLinuxでもレッドハット社のLinuxは信頼できるというブランドイメージを作るため、Red Hat Linuxという商品名を押しだした。そして、オープンソースのLinuxを手に入れてトラブルが起きても自己責任という不安を解消するために、サポート事業も行った。

レッドハットLinuxはCD-ROMに収録され、50ドルの価格をつけた。自分でインターネットからダウンロードすれば無料であるし、ただCD-ROMに保存したものは2ドル程度で販売されていた。それでも50ドルのレッドハットLinuxを買う人がいたのだ。もちろん、Linuxだけが入っているのではない。コンパイラ、サーバーアプリケーション、Xウィンドウシステムなどオープンソースのツール、アプリケーションが一通り入っているので、50ドルのレッドハットLinuxを購入すれば、必要なことは一通りできるようになっている。もちろん、特定のツールが気に入らなければ、自分でインターネットから手に入れて、置き換えることも簡単だ。

弊害が多くなり始めたクローズドソース

世の中の状況もレッドハット社に追い風が吹いてきた。端的に言えば、反マイクロソフトの姿勢を示す人が徐々に増えていったのだ。マイクロソフトは、MS-DOS、Windowsという市販OSを発売して大成功を遂げた。しかし、その企業姿勢が、株式公開をした利潤追求企業のそれであったため、コンピューターコミュニティーからはいろいろと批判を浴びることになる。

その最たるものが、WindowsというOSを完全に支配し、クローズドソースにしていることだった。企業の知的財産なのだから当たり前のことなのだが、それがコンピューターコミュニティーには問題に見えた。Windows上で動くアプリケーションを開発するには、WindowsのAPIを利用する。例えばドライブにファイルを保存する機能をつけるときは、自分でコードを書くのではなく、Windowsの該当するAPI群にアクセスをして、仕事をWindowsに委託するのだ。そのためアプリケーションの開発は、すべてを自分でコーディングするよりはずっと簡単になる。これはOSのメリットのひとつだ。

問題はそのAPIが、マイクロソフトの都合……多くはマイクロソフト製品をより多く販売するため、ちょくちょく変更になることだった。APIが変更されてしまうと、アプリケーションはクラッシュするか、なんとかうまく動いてもどこかに不具合が生じるために、アプリケーションを修正しなければならない。

アプリケーションを開発しているソフトハウスからすれば、このアップデートによる修正はまったく無駄な仕事だ。OSがアップデートされたために、対応するための修正作業であって、アプリケーションの機能を拡張し、商品の魅力を広げてくれる修正ではないのだ。

一方で、LinuxもWindowsと同じように、アプリケーションはLinuxのAPIを利用して動作する。しかし、Linuxはアップデートされても、よほどのことがない限り、既存のAPIを変更するようなことはしない。そのため、Linuxのアップデートとはまったく別の時間軸で、独自に開発ロードマップを描いていくことができる。そう考えたソフトウハウスがでてきた。ワープロソフト「ワードパーフェクト」を発売していたコーレル社は、Linux版を開発した。その他に、オラクル社もLinuxへの移植を始め、IBMはウェブサーバーアプリケーション「Apache」を正式にサポートすることを表明した。Linux用のアプリケーションが増えていき、Linuxの世界はどんどん豊かになっていった。

研究機関は「100%の信頼性」を求める

大型の粒子加速器ををもっているフェルミ国立加速器研究所、宇宙開発を行うNASAなどもLinuxを正式採用していった。このような研究機関には、コンピューターコミュニティーに近い人がたくさんいるため、充分にLinuxを使いこなすことができるということもあるが、これらの研究機関がLinuxを採用した理由は「信頼性」だ。研究者の間には「ソースコードのないソフトウェアはソフトウェアではない」という言葉がある。研究機関や宇宙開発では、ソフトウェアに対して完璧な信頼性が求められる。

しかし、ソフトウェアは人間が作るものだから100%完全であることは不可能だ。そこで研究機関はソースコードと「自分で改変する権利」が必要になる。ソフトウェアに問題があった場合は、ソースコードを参照して修正すればいいのだ。市販のソフトウェアの多くはバイナリーのみで提供されており、問題が生じても修正を依頼することしかできない。そのため、修正してもらえるかどうかはベンダーまかせになってしまう。不具合の即時修正のサポートを受けようと思えば、莫大な予算をもっているNASAですら尻込みするような金額を請求されるだろう。だったら、オープンソースソフトウェアを使って、自分たちで修正した方がいい。レッドハットLinuxは、このような機関で使用されることで、鍛えられ、一般の市販ソフトウェアよりも高い信頼性を確保するようになった。

一般の企業で、オープンソースソフトウェアを利用しようとすると、決まって「オープンソースは信頼性の点で不安がある」と主張する人がいるが、それは誤りだ。もちろん、コミュニティーが小さいオープンソースソフトウェアの場合は、信頼性に不安が残る。だがLinuxのように巨大なコミュニティーを有し、鍛え上げられたソフトウェアは、市販ソフトウェアよりもむしろ安心できるのだ。ただし問題が生じたときに、オープンソースソフトウェアは自己責任であり、市販ソフトウェアのようにベンダーが責任を負ってくれはしない(と言っても、市販ソフトウェアの使用契約書には、必ずと言っていいほど、使用による損害は補償しないという条項が入っている)。オープンソースを「信頼できない」という人は、なにか問題が起きたときに、自分以外のだれかに責任をなすりつけることができないと不安になる性質の人なのだろう。

ヤングは「Linuxは、14歳のハッカーが寝室で遊び半分でつくった」というイメージは、市販OSのベンダーが密かに広めているFUDであると主張している。FUDとは「Fear(不安)」「Uncertainty(不確実性)」「Doubt(疑念)」のことで、要は裏でネガティブキャンペーンをやっているのだと主張している。事実、レッドハットLinuxに収められているツール群は、ほとんどがプロのプログラマーが開発したものだ。GNU C、C++コンパイラは元はオープンソースであるものの、シグナスソリューションズ社が提供している。イーサネットドライバーはNASAが作り出した。Xウィンドウシステムは、IBM、HP、DEC、サンの共同企業体であるXコンソーシアムが開発したものだ。
 
(その8に続く)




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