ハッカーの系譜⑨オープンソースの巨人たち (4) 世界を変えるGNUプロジェクト

牧野武文

December 9, 2016 08:00
by 牧野武文

「自由を取り戻すにはどうしたらいいだろう」。ストールマンは鬱々と考えた。それには、自分でOSをつくり、しかもそれをだれでも自由に改変できるように公開してしまうしかない。1984年、ストールマンは当時広く使われていたUNIX風のOSを自分で作る決意をした。

けれども、これは自分の趣味のようなもので、AI研の仕事とはいえない。ストールマンはあっさりとAI研を辞職したが、収入はなくなるわけだし、ストールマンに余分な貯蓄などはない。ストールマンがもはや現在のAI研にとっては必要のない人物であると見なさざるをえないAI研の同僚や管理者たちも、研究者としてのストールマンのことは尊敬している。そのため、給与は支払わないが、それまでの研究室を住居兼仕事場として使うことを許可した。ここから、ストールマンはAI研の研究者でもないのに、なぜかAI研に住んでいる不思議な人物となり、そこでさまざまな仕事をしていくことになる。

GNU is Not UNIX(グニュはUNIXではない)

ストールマンは自分がこれからつくるOSをGNU(グニュ)と名づけた。UNIX風のコマンドは用意するが、UNIXの移植ではなく、完全なオリジナルだ。そこで、GNU is Not UNIX(グニュはUNIXではない)という再帰式の名前をつけた。

ストールマンが最初につくったのは伝説的なテキストエディター「Emacs」(イーマックス)だった。もともとはPDP-10上で使っていたものだが、ストールマンがUNIX用に移植したものだ。ただ移植するだけでなく、さまざまな機能をつけ加えていき、プログラマーが必要な作業(スケジュール管理、メール、コンパイル)などのほとんどはEmacsの中からできるようになった。テキストエディターというよりも、今日のシェルやファインダーに近い。

伝説的なテキストエディターGUN Emacs Photo by Wikipedia

ストールマンは、このEmacsを「GUN Emacs」と名づけて、だれにでも自由に使わせた。それだけでなく、勝手に機能をつけてくれるのも大歓迎した。あまりにEmacsが便利であるために、Emacsを使うことを通じて、GUNやストールマンのことを知るものが増えていった。多くの場合、ユーザーはプログラマーだったので、GNUの仕事をボランティアで手伝う者もでてきた。プログラムが書けない者は、ストールマンの活動費を寄付をするようになった。

ストールマンは、正規の収入はないのに、寄付の収入ができたことになる。寄付の一部は、ストールマンの食べ物や服に消えたが、ほとんどは必要な機材を買ったり、通信費を支払ったりすることに使われていた。それでも、ストールマンには容赦なく寄付収入の税金が課せられた。そこで、ストールマンの友人が親切にも知恵を授けてくれて、財団をつくることになった。これが「フリーソフトウェア財団(FSF)」だ。

フリーソフトウェア財団(FSF)のWebサイト

パブリックドメインを改善しようとしたストールマン

ストールマンがGNUプロジェクトを進めていて、問題になったのが権利関係の問題だった。当時、パブリックドメインという考え方があった。これは権利者の保護期間をすぎたもののことだ。たとえば、日本では文章は作者の死後50年まで権利が保護される。その後は、だれでも自由にその著作物を利用し、改変することができるようになる。また、保護期間であっても、権利者が「著作権の放棄」を宣言すればパブリックドメインとすることができる(日本では認められていない)。パブリックドメインとは、人類共有の財産という意味だ。

しかし、パブリックドメインには問題があることがわかった。利用するのも自由なら、改変するのも自由。では、ある人が、パブリックドメインの著作物を改変して、自分の権利を主張したらどうなるだろうか。たとえば、英語の小説がパブリックドメインになっていたとして、ある人が日本語に翻訳をして出版をしたとする。翻訳家が翻訳文に対して、自分の権利を主張したらどうなるだろうか。まったく別の人が、同じ原文を翻訳すると、最初の翻訳家の権利を侵害することになるだろうか。原文が同じなのだから、翻訳文もかなりの部分、似たものになるだろう。最初の翻訳家は、「私の真似である」といって、次の翻訳家を訴えることができるだろうか。ずる賢い翻訳家が、パブリックドメインの英文を片っ端から、機械翻訳を使って、質の低い翻訳文を出版する。しかし、次の翻訳家は訴訟を恐れて翻訳作業をすることを躊躇してしまう。このずる賢い翻訳家は、ツバをつけておき、次に翻訳した者から示談金をせしめることで金儲けができるかもしれない。

パブリックドメインは、人類級の財産をつくるための考え方だが、現実には特定の個人が独占してしまうことが可能な弱点をもっている。

コピーレフトとGPLの誕生

ストールマンは、パブリックドメインは考え方としては素晴らしいものの、法的には問題があると考えた。ストールマンたちがせっかくGNUソフトウェアを公開しても、それを悪意のある人が改変をして、自分の権利を主張するかもしれない。

そこで、ストールマンは「コピーレフト」という考え方を提案した。権利を放棄するのではなく、権利者として条件をつけることで、著作物の自由を守ろうと考えたのだ。使用、改変は自由で、ここが重要だが、改変をして再配布するときには同じ条件を適用しなければならないというものだ。つまり、使用、改変の自由を継承しなければならない。これが嫌であれば、通常の著作物と同じように、権利者の承諾を得て、使用、改変をしなければならない。こうすれば、コピーレフトで守られた著作物は、どのような改変をされても、永遠にコピーレフトのままでいられる。

コピーレフトというのはストールマンの造語だ。もちろん、コピーライトの逆という意味だ。このコピーレフトの考え方は、GNU GPL(一般公衆利用ライセンス)として定義されている。また、同じ考え方でソフトウェアのマニュアル用にGFDL(GNUフリー文書ライセンス)も定義されている。インターネット上の百科事典ウィキペディアは、当初は、このGFDLによってライセンスされていた(現在はクリエイティブコモンズでライセンスされている)。そのため、だれでも勝手に利用し、改変してもかまわないが、それを公表するときは、著作物全体をやはりGFDLの条件でライセンスしなければならないのだ。

たとえば極端な話、ウィキペディアをコピーして印刷し、百科事典として売り出してもかまわない。しかし、それでもGFDLでライセンスされるので、読者が一部を勝手にコピーして利用しても、権利侵害だと訴えることができない。もし、一般的な書籍と同じように自分の権利を主張したいのであれば、GFDLでライセンスするのではなく、通常の著作権法に従うしかない。つまり、ウィキペディア百科事典を出版したいのであれば、権利者であるウィキメディア財団の許諾を得なければならないし、掲載する項目を執筆した人を探し出して許諾を得なければならない(事実上、不可能な話だ)。

コピーライトは著作者の権利ではなく「複製者の権利」

コピーレフトは世の中からやや誤解されているかもしれない。「コピーライトの真逆」などという言葉遊びの言葉である上、権利として認められている著作権に対抗するような権利であることから、反社会的な戯言と感じる人もいる。しかし、近代以前は、著作物に権利などなかったことを思い出していただきたい。素晴らしい本を書いたとしても、世間の人はそれを勝手に写本し、配ったり売ったりできたのだ。著作者はそれに文句を言わなかった。自分の著作物を広めてくれるのだから、むしろ感謝すらした。著作物が広がれば、世間からの尊敬を得ることができ、それにより職が得られたりするので、写本を禁じる必要はまったくなかった。

近代になり、印刷などの複製技術が発達すると、写本がだれにでも簡単にできるようになった。写本屋は、印刷業という立派な産業になってきた。すると、こっちが複製している本を、別の印刷業者が複製すると、商売はあがったりになってしまう。そのため、印刷業者は契約をして「他の印刷業者には複製させない」契約を結ぶようになる。これがコピーライトだ。コピーライトとは「複製(コピー)する権利」のことなのだ。

しかし、コピーライトはまったく商売上の権利なので、力をもった印刷業者が権利拡大を画策する。たとえば、著作権の保護期間は権利者の死後50年となっているが、この期間の長さは「権利者の孫が成人するまで、経済的な恩恵を受けられるように」設定されたと言われている。しかし、権利者本人とその配偶者が経済的恩恵を受けられるのはいいとしても、子どもや孫にまで恩恵を与えるべきだろうか。子どもや孫は、その著作物に対してなんら貢献はしていない。

著作権のあるべき姿としては、「権利者が生存中は経済的恩恵を受けられ、死後は人類共通の財産としてだれでも自由に使用できる」というのが望ましい。しかし、コピーライトは権利者と複製業者の権利しか守ってこなかったので、どうやって「人類共有の財産」にするかという視点が欠けている。コピーレフトは、まさにこの「人類共有の財産」にするための権利規定なのだ。
 
その5に続く

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