ハッカーの系譜⑧ノーラン・ブッシュネル (7/8) 歴史に残るクソゲー「E.T.」を販売

牧野武文

October 20, 2016 08:00
by 牧野武文

パックマンの開発と並行して、経営陣はもうひとつの大型案件に期待をふくらませていた。当時、ハリウッドのスター監督となっていたスティーブン・スピルバーグと交渉し、彼の映画をゲーム化することが決定したのだ。まず、1982年の春に「レイダース」を発売し、その年の夏に公開されるスピルバーグの新作映画「E.T.」もゲーム化し、映画公開と同時発売する計画が進んでいた。アタリは、スピルバーグに使用料100万ドルと、7%のロイヤリティを提示する予定でいたが、親会社のワーナーコミュニケーションズが割って入ってきて、使用料を2100万ドルに大幅増額するように圧力をかけた。それまでスピルバーグは、ユニバーサル、パラマウントなどから映画を配給していたが、ワーナーブラザーズとも契約をしてほしいという意図があった。

しかし、使用料の2100万ドルという大金は、アタリが支払わなければならない。「レイダース」と「E.T.」は、絶対に失敗できないプロジェクトになっていった。「レイダース」を担当したのは、ホワード・スコット・ウォーショー。やはりアタリのエースエンジニアだった。とくにグラフィック表現に才能を発揮し、「レイダース」は大成功だった。ミサイルスプライトをうまく使い、大蛇のうねる動きを表現し、発売前にスピルバーグ自身もプレイして、「まるで映画のようだ」と大絶賛した。

スピルバーグにも絶賛されたゲーム「レイダース/失われたアーク」

5週間で開発することになった「E.T.」

契約などが遅れたため、E.T.のゲーム開発は、映画の公開時には間に合わなかったが、6月11日に映画E.T.が公開され、大ヒットとなると、にわかにゲーム開発の話が現実化した。6月の終わり、ウォーショーは突然「2日後にサンノゼにいって、スピルバーグにゲームのプレゼンをしろ」と命じられる。ウォーショーが起用されたのは、スピルバーグのご指名だった。前作「レイダース」がスピルバーグに気に入られていたからだ。

ウォーショーは、複雑な映画のストーリーをゲームに取りこもうとした。E.T.のほかに、FBI捜査員、科学者、10歳のエリオットを登場させ、E.T.は通信機器のアイテムを集めようとする、FBIはそれを奪おうとする、科学者はE.T.をつかまえようとする、エリットはE.T.を助けようとするといった複雑なストーリーを盛りこもうとした。このアイディアはスピルバーグも絶賛した。

しかし、その意気込みに反して、製作期間は5週間しか与えられなかった。クリスマスの発売になんとしても間に合わせるためだ。当時、ゲームの開発には半年の期間が必要で、どう考えても無理な話だ。しかし、ミリオンセラーゲームを連発し、スピルバーグからも「ゲームの天才」と呼ばれていたウォーショーは自信過剰になっていた(と本人がインタビューで語っている)。人生最大の誤りを犯してしまう。ウォーショーは、「私ならできる。普通のやつなら無理だけどね」と、開発を請け負ってしまったのだ。

パニックになったゲーム販売店

1982年クリスマスのアタリショックに向けて、さまざまな事態が起こり始めていた。5月に、経済誌ウォール・ストリート・ジャーナルが、ゲーム機本体やゲームソフトの売れ行きに頭打ち傾向がでてきたことをとらえて、ビデオゲーム市場はすでに飽和状態にあるのではないかという報道をした。さらに、8月になると、ワーナーコミュニケーションズの大株主であった個人投資家ゴードン・クロフォードが株を大量売却して話題となった。株式市場は、すでに危機感を持ち始めていた。

また、パクリゲーが大量に登場してきたことも悪い予兆だった。アタリ2600は仕様を公開していたため、だれでも自由にアタリ2600用のゲームを開発し、製造、販売することができた。オープンにすることによって、だれも思いつかなかったゲームが登場して、市場が活性化されることを期待したからだ。

しかし、人間は楽な道を選ぶ生き物だ。アタリ以外からは、独創的なゲームはほとんど登場せず、アタリのヒットゲームを安直に真似たパクリゲーが大量に登場した。オリジナルよりも安い価格設定にすれば、そちらを選ぶ消費者も多く、意外に大きなビジネスになった。この頃は、ゲームに関してはまだ知的財産権がしっかり規定されていなかったため、どうにも対策のうちようがなかった。アタリのヒットゲーム「ミサイルコマンド」の場合、パクリどころか、ミサイルコマンドをそのままコピーした海賊版まで堂々と販売されていた。

ミサイルコマンドのプレイ画面

消費者たちもアタリショックの予兆を感じていた。史上最高のヒット作品になるはずだった「パックマン」は、夏頃、累積販売数770万本のところで、ぴたりと売れなくなってしまった。例のモンスターの描画処理の問題から「クソゲー」という口コミが広まったためだ。アタリにとって頼みの綱は、大作「E.T.」しかなくなってしまった。

しかし、アタリの経営陣に危機感はまったくなかった。販売店からの予約注文はかつてないほどの数量になっており、どうみても市場は拡大している。経営陣たちは、クリスマス休暇に家族とすごすバリ島やカリブ海のことばかりを考えていた。

そして、ビデオゲーム史にとって最悪の1982年のクリスマスがやってきた。販売店はパニックになった。なぜなら、注文した数どおりに、アタリ2600本体とゲームカセットが入荷したからだ。どうせ注文数の半分しか入荷しないと思って、必要な数の倍を注文していたのにだ。

しかも、鳴り物入りの大作「E.T.」をプレイして、販売店スタッフは、頭を抱えて卒倒した。どう考えても、クソゲーだった。どこが面白いのかさっぱりわからないし、売れるとはまったく思えなかった。倉庫に山積みにされるゲームカセットを前に、販売店のスタッフは途方に暮れた。

そこで販売店は、まだ入荷していない注文分のキャンセルに走り、同時に店頭在庫の値下げに踏み切った。夏の「パックマン」の売れ行き低下以降、30ドルが標準的な相場だったゲームカセットの価格は下がり始めていたが、クリスマスシーズンに入って値下げが加速し、5ドルで販売するような販売店も現れた。ある程度売れるゲームに売れないゲームをつけてセットにするという「抱き合わせ商法」も横行するようになった。

問題の「E.T.」は600万個が製造されたが、売れたのは100万個にすぎなかった。とはいえ、100万個だ。当時、販売数が100万個を超えると「ミリオン」と呼ばれ、大ヒット商品ということになっていた。ゲーム内容に問題があるとはいえ、映画「E.T.」のネームバリューがあったため、ミリオンは達成しているのだ。

ミリオンセラーは達成した「E.T.」

倒産する販売店、損失をだすアタリ、株価を下げるワーナー

この年のクリスマスシーズンのセールスを、ゲームカセットの本数ベースで見ると、過去最高だった。しかし、それは投げ売りといってもいいほどゲームの価格が下がったためで、販売店の利益は最悪の事態となった。アタリも巨大な損失をだすことが予想され、親会社のワーナーコミュニケーションズの株価は暴落した。1983年が開けると、独立系販売店が次々と倒産をしていく。アタリも本体価格、ゲームカセットの価格を下げざるを得ず、一転して利益がほとんどでない体質になってしまった。さらに、アタリはアタリショックの後始末をしなければならず、その費用で巨額な損失を計上することになる。シリコンバレーの奇跡とも呼ばれたアタリの急成長は、クリスマスを境に急転落に転じた。

アタリの製造工場の倉庫でも問題が起きていた。大量にゲームを製造したものの、販売店からのキャンセルが相次いだために、出荷できないゲームが大量に残されていたのだ。9月、アタリはついに不良在庫を廃棄処分することにした。ニューメキシコ州エルパソの製造工場の倉庫にあった大量の在庫を、隣接するアラモゴード市の廃棄物処分場に廃棄した。廃棄したゲームカセットが回収され、再び市場に流れて、さらにゲームカセット価格が暴落するのを防ぐために、作業は夜中におこなわれ、コンクリートで蓋をしたと言われる。

この事実は、地元紙「アラモゴードデイリーニュース」紙が報道し、UPI通信からも世界に配信された。そのため、アタリショックに関する都市伝説が生まれていった。それは「E.T.というゲームがあまりにクソゲーだったために、消費者からゲームそのものが飽きられ、ゲーム市場は崩壊し、アタリショックが起こった。アタリはそのE.T.を砂漠の中に埋めてしまった」というものだ。この話がやっかいなのは、8割真実であるということだ。その8割の真実をうまくつなげて、面白い話に仕立てている。

E.T.がクソゲーであったのはもはや隠しようのない事実だ。ウォーショー本人も後のインタビューで素直にそのことを認めている。ストーリーが複雑すぎて、しかもつながりがないので、ゲームの最終目標がなにであるのかがよく理解できない。つまらないミニゲームを次々とやらされる気分になる。なにより、愛情がまったく感じられない。いかにもやっつけでつくったように見える。

しかし、意欲的なところもあった。それはゲームに物語を盛り込もうとしたことだ。もし、開発時間がたっぷりあれば、時代を変えるゲームになった可能性もある。しかし、スピルバーグからも「天才」と呼ばれたことで、自信過剰になっていたウォーショーはわずか数ヶ月で偉大な作品がつくれると思いこんでしまった。

ただし、「E.T.」というゲーム一つで、アタリショックが起きたわけではない。しかし、当時のマスコミは「E.T.がビデオゲーム市場を崩壊させた」というストーリーを好んだ。ウォーショーは、ビデオゲーム業界にいづらくなり、業界を去っていった。

アラモゴード市の廃棄物処分場に本当にE.Tが廃棄されたか、実際に掘り出すドキュメンタリー映画『ATARI GAME OVER』。ウォーショーも出演している

ホームコンピューターに食われた家庭用ゲーム市場

アタリショックの直接的原因は、計画生産による供給過剰から、ゲームカセットの価格が暴落したことだ。199ドルのアタリ2600も実際は50ドル程度で販売されていたという。販売店はまったく利益が上がらず、倒産、撤退するところが相次いだ。トイザらスなどは、ビデオゲーム売り場を大幅に縮小して、玩具を主力にするようになった。当然、アタリも利益があがらないようになっていく。

ただし、「ゲームが飽きられてしまった」という点は事実と違う。ビデオゲーム市場は輝きを失ったが、子どもたちにとっては大歓迎だった。なぜなら、今まで高くて買えなかったゲームカセットが、わずかなこづかいで買えるようになったからだ。ただし、業界全体が儲からない体質になってしまったために、新しい人気ゲームは生まれづらい環境になっていった。

また、アタリ2600の製品寿命がきていたということもある。アタリ2600が発売されたのは1977年。アタリショックのときにはすでに5年が経っていて、性能的に上回るコレコビジョンなどの強力なライバルも登場していた。また、意外なライバルがApple II、タンディTRS-80、コモドールPE.T.などのホームコンピューターだった。ホームコンピューターは、アタリ2600よりも高価だったが、ゲーム以外のビジネスアプリケーションもあり、BASICなどのプログラミングもできる。このようなホームコンピューターは、後に表計算ソフトやワープロソフトなどでビジネス利用されるようになっていくが、初期に売上を牽引したのはゲームソフトだった。アタリ2600よりも画面表示が精細であり、計算能力も高かったため、高度なゲームが楽しめた。
 
(その8に続く)




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