ハッカーの系譜⑧ノーラン・ブッシュネル (3/8) 伝説のゲーム会社「アタリ」の誕生

牧野武文

October 6, 2016 08:30
by 牧野武文

ノーランとダブニーの2人は、すっかりアーケードゲームの開発ビジネスに夢中になっていた。ダブニーの開発したスポットモーション回路は、他のビデオゲームにも応用ができるはずだ。2人は、次のゲームとして、ドライブゲームを考えていた。スクロールができるスポットモーション回路を応用するにはピッタリのゲームだ。2人は、ナッティングを退社し、再びシジジーに専念することにした。

ガレージを本社オフィスとしたシジジー

ナッティングは2人に好意的で、独立するには資金が不安だろうと、既存のアーケードゲームの流通の権利を譲ってくれた。ナッティングが製造し、シカゴの問屋に納入するアーケードゲームをいったんシジジーを経由するように取り計らってくれたのだ。大きな利益にはならないが、小さな会社の家賃ぐらいにはなる。

2人は、ダブニーの家ではなく、ちゃんとしたオフィスをもとうと考えた。ノーランが見つけてきたのは、カリフォルニア州サンタクララ市のスコット通りにあるビジネスパークだった。ビジネスパークといっても、快適なオフィスがある一角ではなく、倉庫が並んでいるエリアだった。大きな倉庫が並んでいて、シャッターが開くようになっている。前の道路は広くとってあり、トラックを前につけて、倉庫前で荷物の積み下ろしができるようになっていた。ノーランが見つけてきたのは、この空き倉庫の方だった。

ダブニーは腹を抱えて笑った。倉庫をオフィスとして使うのは賢いアイディアだし、お金のない2人にはうってつけのオフィスに思えたのだ。このノーランのアイディアは、後のシリコンバレーのスタートアップたちに模倣されることになる。スタートアップたちにとって、創業の地はみすぼらしいガレージであることがクールなのだ。後には、ガレージカンパニーがスタートアップの同意語になる。

ただし、ひとつだけ大きな欠点があった。それは倉庫であるために、エアコンが入っていないのだ。西海岸の温暖な気候のおかげで、冬の寒さは大きな問題にならなかったが、夏はさすがにガレージの中は熱気がたまる。そこで、自然に服装は自由になった。

今では信じられないことだが、アンペックス社ではスーツを着て、ネクタイを締めて仕事をするのが基本だった。中には白衣を着ているエンジニアもいた。当時、スーツ姿はビジネスマンだけのものではなく、まっとうな勤め人であれば、ネクタイにスーツが常識だった。そのため、どの企業でもエンジニアたちはワイシャツにネクタイ姿だった。

ノーランたちのガレージカンパニーでは、さすがにネクタイは暑すぎる。それに、倉庫の中にネクタイ姿の人間が働いているというのも不思議な光景だった。2人はネクタイを外し、Tシャツにジーンズ、スニーカーという姿で仕事をするようになった。今日、スタートアップたちが、自分の好きな服装で仕事をしているのも、このノーランたちのガレージカンパニーから始まった文化だ。

囲碁の用語からとった「アタリ」

こうして会社としての準備が整ったが、ひとつ大きな問題が生じた。それまでのシジジーカンパニーは、勝手に自分たちが名乗っているだけだった。しかし、ナッティングから譲ってもらったアーケードゲームの卸の仕事をするには、会社の登記をして正式な契約書をつくる必要がある。そのため、関係書類の作成を弁護士に依頼していたが、その弁護士から「シジジーカンパニーはすでに登記されている。別の名前にする必要がある」という連絡があった。

ノーランとダブニーは、新しい社名について話しあった。もちろん、B&DとかD&Bでは平凡すぎてだめだ。2人は、2人が好きな囲碁の用語からとることにした。ハネ、センテ、アタリなどが候補に上がった。この中で、二人ともピンときたのがアタリだった。囲碁は、相手の石を取り囲むゲームだが、あと一手で囲める状態を「あたり」と呼ぶ。ちょうど将棋の王手やチェスのチェックに相当する言葉だ。ノーランたちの囲碁では、あたりの状態になったときに「アタリ!」とコールするローカルルールがあった。そのため、2人には口に馴染んだ言葉だった。

こうして、新社名はアタリに決定した。1972年6月9日、アタリ社が設立された。ノーランとダブニー、それぞれの妻のポーラとジョーンの4人が取締役となり、額面価格1ドルの株を7万5000株発行し、ノーランとダブニーがほぼ同数の株を所有することにした。

資本金7万5000ドルを使い、第1号社員を雇用した。高校を卒業したばかりの17歳の女の子、シンシア・ビレヌーバだった。ノーランとダブニーの共有秘書、そしてノーランのアシスタントとなった。

さらにアンペックスのインターンをしていたアラン・アルコーンをエンジニアとして雇用した。月給は1000ドル、株の10%を渡す契約だった。アルコーンは、アンペックスの正社員になったら月給1200ドルが支給されることになっていた。給料はアタリの方が安かったが、仕事が面白そうだと感じて、アタリを選んだ。

しかし、アタリにはまだ売るものがなかった。コンピュータースペースは1000台生産したきりで、追加注文はまったくないようだった。アーケードゲームの卸の仕事は、伝票を書くだけだったが、たいした売上にはならない。そこで、第2弾のゲームとして、ノーランはドライブゲームを企画した。ダブニーのスポットモーション回路を活かしたゲームだった。この開発をアルコーンがおこなうことになった。

世界初の家庭用ゲーム機「オデッセイ」が発売される

ドライブゲームの開発が進む中、ナッティングの元上司からノーランに連絡が入ってきた。1972年8月にマグナボックス社から家庭用ゲーム機が発売される。その展示会がサンフランシスコ近郊のエアポートマリーナホテルでおこなわれる。ナッティング社は3名の枠で招待されているが、エレクトロニクスに詳しいノーランに同行してもらえないかというのだ。

家庭用ゲーム機が発売されると聞いて、ノーランは驚愕した。ビデオゲームをアーケードゲームではなく、家庭に送り込めたらすごいなとは思っていたが、技術的にまだまだむずかしいと考えていた。それがもう発売されるというのだ。ほんとうにこんなものが登場したら、だれも酒場や遊園地のアーケードゲームなどやらなくなってしまう。ノーランは、ナッティング社の社員であるという肩書で、その展示会に参加することにした。

マグナボックス社は、ラジオ、テレビ、オーディオなどを製造していたAV系家電メーカーだった。オデッセイは、マグナボックスが発売した世界で初の家庭用ゲーム機だ。しかし、これをビデオゲーム機と呼ぶには抵抗がある。というのは、オデッセイの基本機能は、テレビの画面に白いブロックを表示し、あとはコントローラーでこれを上下左右に動かすことだけだからだ。その他、ゲームに応じて、当たり判定などの機能は組みこまれていたが、基本的には白い四角をつまみで動かすことしかできない。これでどうしてゲームになるのか。

マグナボックス社のオデッセイ Photo by Wikipedia

それは、付属しているオーバーレイに秘密があった。オーバーレイは、ゲーム画面を薄いビニールに印刷したもので、ゲームを楽しむには最初にこのオーバーレイをテレビ画面に貼り付ける(ビニールなので、ブラウン管の静電気で貼りつく)。すると、ブラウン管に表示される白い光のブロックが、オーバーレイを透過して見えるのだ。

このオーバーレイをテレビに貼ることでいろいろなゲーム画面を表示させた Photo by Wikipedia

たとえば、ルーレットゲームを楽しむには、ルーレットが印刷されたオーバーレイをテレビに貼りつける。そして、テーブルの上に付属の紙製のベッティングシートとチップを用意する。ベットは、この実物のベッティングシートの上にチップを載せておこなう。それから、オデッセイを操作すると、光のブロックがふらふらと現れて、ルーレットの出目が決まる。しかし、必ずしもルーレットの数字に止まるとは限らない。関係のないところに止まってしまって、リセットボタンを押してやり直しということも多かった。もちろん、スコア計算などの機能はなく、自分たちでチップをやり取りしなければならなかった。これだったら、実物のルーレットを用意した方がはるかに早いし、スリルがある。

マグナボックス社のオデッセイで遊ぶ様子。テレビにオーバーレイを貼り付けて遊ぶ様子がよくわかる

任天堂の光線銃が採用されたオデッセイ

このようなビデオゲームと言えないようなゲームが12種類同梱されてオデッセイは1972年9月に99ドルで発売され、フランク・シナトラを起用して大掛かりな宣伝をおこなったが、売れ行きは渋いものだった。原因のひとつは、マグマボックス社のテレビに接続をして店頭デモをおこなったため、多くの人がマグナボックス社のテレビでないと遊べないと勘違いしたことがある。実際は、オデッセイのケーブルをテレビのアンテナ端子に接続すればいいので、どのテレビでもよかった。また、販売店の多くは、テレビもいっしょに売るチャンスと考え、マグナボック社のテレビでないと遊べないような誤解を与えるセールストークをしたという。発売年の売上は、7万台から10万台程度だと言われている。

ただし、日本人にとって特筆すべきなのは、光線銃が別売されていたことだ。この光線銃は、任天堂が供給した。テレビ画面にさまざまなオーバーレイを貼り、光のブロックが表示されるとそれをねらって撃つ。あたると、光のブロックが消えるというものだった。ライフル型の光線銃の中には、光センサーがしこまれていて、テレビ画面のわずかな光を感知してあたり判定をしている。

任天堂は、この光線銃の供給で、米国のゲーム業界と関わり始める。また、1985年にファミリーコンピューターの米国仕様版Nintendo Entertainment Systemを発売するが、このときはビデオゲーム機というようりも、ロボット玩具、光線銃などを組み合わせて、テレビを利用した娯楽システムなのだという売り方をしている。オデッセイにやや寄ったコンセプトに仕立てることで、米国市場を攻略した。

ライフル型の光線銃で遊ぶ様子

テーブルテニスゲームの開発が始まった

展示会から戻ったノーランは、ナッティングの役員に対して、「Shit!(クソ)」だという感想を伝えた。先進的なコンピュータースペースをリリースしたノーランにとって見れば、オデッセイはあまりに子ども向けの玩具でありすぎた。

しかし、その中に少し気になるゲームがあった。テーブルテニスとテニスの2つだ。ゲーム内容はほぼ同じで、画面に貼るオーバーレイが卓球風かテニスコート風かの違いしかない。ノーランは素直に面白いと思い、同時に「おしい」とも感じた。人を夢中にさせる要素があるアイディアなのに、それをうまく活かしきれていない感じがしたのだ。

テニスは2人で遊ぶゲームで、画面に表示されるブロックを上下左右に動かす。ラケットではなくブロックになっているのは、「人」のイメージなのだろう。上下だけでなく左右、つまりコートの前後方向にも動かせるので、テニスのいわゆる「ネット前にでる」ボレープレイのようなことができる。しかし、自由すぎて、相手のコートにまで簡単に入れてしまうのだ。

ボールは、ブロックにあたると同じ角度で跳ね返るが、イングリッシュつまみを回すと、スピンがかけられ、ボールの軌道が曲がっていく。面白いアイディアだが、操作があまりにも複雑になってしまった。上下つまみ、左右つまみを同時に回して、ブロックを思い通りに動かすだけでもかなりむずかしい操作なのに、さらにイングリッシュつまみまで操作しなければならない。

また、スコアを管理してくれる機能はなく、手近なメモ用紙にでも自分でスコアをつけていかなければならなかった。さらに、ボールがコートの外に出てしまったときは最悪だった。リセットボタンを押さなければ、次のプレイができないのだ!

ノーランは、このテーブルテニスのゲームは、改良の余地がじゅうぶんにあると考え、ドライブゲームの開発の目処がついたアルコーンに、テーブルテニスゲームの開発を試しにやってほしいと伝えた。

ピンポンブームから生まれた「ポン」

1972年2月、米国のニクソン大統領は、中国を訪問し、毛沢東や周恩来と会談をした。資本主義の米国と共産主義の中国は、第2次世界戦後長い間対立してきたが、この訪中で一気に流れが変わった。世界は驚き、ニクソンショックとも呼ばれるほどの歴史の転換点だった。

この米中会談を実現に導いたのが、ピンポン外交だった。前年に日本の名古屋で開かれた世界卓球選手権に中国選手が6年ぶりに参加し、大会終了後、中国は米国の卓球選手を中国に招待し、友好試合をおこなった。完全に接点を失っていた米中の外交は、この友好試合から外交チャンネルを復活させ、ニクソン訪中を実現することができた。スポーツの友好的な空気が、外交にいい作用を与えるということから、米国でのスポーツの社会的地位も大きく高まった。その結果、米国でピンポンがちょっとしたブームになっていた。

ノーランは、アルコーンがつくってきた試作版を見て、ピンポンゲームに仕立てれば受けるのではないかと考えた。まず、人に見立てたブロックを、ラケットに見立てた板状の形に変え、上下だけに動かすようにした。これで、操作はきわめて単純になる。そして、コートの外にでそうになったボールは、そこにあたかも壁があるかのように跳ね返るようにした。これでプレイが途切れなくなる。さらに、スコアも管理し、画面に現在のスコアが表示されるようにした。

オデッセイ版テニスゲーム

アタリ版テニスゲーム

こうして、アタリ版テニスゲームがほぼ完成したが、ノーランは発売するかどうかを悩んでいた。なぜなら、さまざまな改良をしたとはいえ、オデッセイのテニスゲームの露骨なパクリであることは明らかだったからだ。
 
(その4に続く)




ハッカーの系譜(10)マービン・ミンスキー (10) 多層化することで問題を解決

March 30, 2017 08:00

by 牧野武文

多層化することでXOR問題を乗り越えられる パーセプトロンの第1の進化は多層化だ。ミンスキーが指摘したように、パーセプトロンはXORの論理演算結果を学習することができない。前回示したように、XORの演算結果は線形分離不可能、つまり直線で真と偽のグループにわけることができないからだ。 しかし、実はちょ…

POSマルウェアの恐怖 (4) クレジットカード番号が顧客番号や業務処理のキーとして活用される

March 29, 2017 08:00

by 牧野武文

  ・POSマルウェアの恐怖(1) PCI DSSに準拠しても防げない? 狙われるPOSシステム ・POSマルウェアの恐怖(2) カード情報が平文で通信されるシステム ・POSマルウェアの恐怖(3) カード情報を全プロセスで暗号化する「PCI P2PE」はPOSマルウェア攻撃を防げるか POSレジを…

IoTヌイグルミは口が軽い!? ユーザー情報82万件がダダ漏れに(後編)

March 28, 2017 08:00

by 江添 佳代子

  →IoTヌイグルミは口が軽い!? ユーザー情報82万件がダダ漏れに(前編) →IoTヌイグルミは口が軽い!? ユーザー情報82万件がダダ漏れに(中編) 何も知らされていなかったユーザー ここでいったん時系列を確認しよう。ハントやロレンゾに情報を提供した人物がCloudPetsへの連絡を試みたのは…

中国で9億アカウントが利用する「WiFi万能鍵」が1308種類の偽アプリを一掃

March 27, 2017 10:30

by 牧野武文

『中国経済網』の報道によると、中国で大人気のアプリ「WiFi万能鍵」を開発した上海連尚科技有限公司は、今年3月までに、1308種類の偽アプリを一掃したと発表した。 アカウント数9億件を超える無線LANユーティリティーソフト WiFi万能鍵は、公衆無線LANに自動接続するAndroid・iOSアプリ。…