クレジットカード業界の救世主Apple Pay

牧野武文

September 9, 2016 08:00
by 牧野武文

Apple Payが日本でも10月からサービス開始になることが発表された。しかし、普及はまったく未知数だ。読者の中にも「クレジットカードがiPhoneに入ってもさほど便利な感じがしない」と思っている人は多いのではないだろうか。日本と米国ではクレジットカードの使われ方がまったく異なっている。米国ではApple Payはなくてはならないほど便利なサービスだが、日本ではさほど利便性が光らない。そこをわかっているアップルは、日本でのみFeliCa、つまりSuicaなどの交通系カードに対応するという異例の施策を打ってきた。

各国のクレジットカード所有率とApple Payの手数料

日本人のクレジットカード所有率は80%超で、しかも世代が高くなるほど所有率が高くなる。つまり、若い世代ほどクレジットカードをもっていない。しかも、平均所有枚数は2.7枚で、90%以上の支払いは1枚のカードで行っている。普段、ほぼ1枚のカードしか使わない(2枚目以降は、ETCカードだったり、特定の百貨店のポイントカードとして使っていることが多い)のだから、それがiPhoneに入ったからといって、飛躍的に利便性が向上するわけでもない。どうしても、Apple Pay的なことをしたければ、iPhoneの裏側に糊でクレジットカードを貼りつけておけばいいぐらいのことなのだ。

ところが米国では事情が違う。カード所有率は90%超と高く、しかも平均7枚のカードを所有している。米国では1回払いではなく、リボルビング払い(定額分割支払)がクレジットカードの基本となった歴史があるため、1枚の支払限度額を低く抑え、その代わりにたくさんのカードをもち、複数のカードにわけて支払いをする習慣が定着している。これはかなり面倒な作業で、レジのところで、カードを次々とだしては店員に、枠残高を照会させ、どのカードで支払うのかを決めなければならない。これがすべてのカードがApple PayとしてiPhoneの中に入ってしまえば、枠残高が一目見ればわかるようになり、どのカードで支払うのかをすぐに決めることができるようになる。米国人にとっては、Apple Payは「もうこれなしには生きていけない」ほど便利なサービスなのだ。

ところで、Apple Payは、Appleが決済金額の0.15%を徴収する。クレジットカード各社は、自分が得られる決済手数料から、Appleの取り分である0.15%が減ってしまうことになる。以前は、カード会社の決済手数料は5%以上もあったが、Squareなどのベンチャーが登場し、手数料競争が起り、現在ではどこも3%台前半まで下げている。ここから0.15%をさらにAppleに支払うのはカード会社にとってきわめて厳しい話だ(GoogleのAndroid Payは手数料無料。ただし、例によってさまざまなデータを収集することになっている)。

ところが、VISA、Master、AmexなどがすでにApplePayに対応し、日本ではJCBも対応する(VISAは日本での対応は準備中)。主要カードブランドはすべて対応していると言っても間違いではない。なぜ、カード会社はみずからの取り分が少なくなることを承知で、Apple Payに対応していくのだろうか。

Apple Payが注目される理由

それは、米国のクレジットカードセキュリティがきわめて特殊な状況にあったことが関係している。御存知のとおり、クレジットカードには磁気ストライプのものと、ICチップ内蔵のもの(EMV=Europay Master Visa方式)のものがある。このうち、磁気ストライプカードのセキュリティがきわめて低いことは説明するまでもないだろう。簡単にスキミングできてしまうし、ダビングしたテープを白カードに貼るだけで偽造ができてしまう。

欧州ではこの磁気カードによる不正利用被害が増大し、2001年に国を挙げてICカード化する施策をうち、英国やフランス、EU各国でも100%のIC化を達成している。このIC化に完全に乗り遅れたのが米国と日本だった。単にカードをIC化するだけでなく、各店舗のカード端末も交換しなければならないし、オーソリシステム(カード利用承認)、カード発行システムも代えなければならない。その設備投資負担が苦しく、米国の加盟店側は「磁気カードでもじゅうぶんな対策が可能」と主張して、VisaやMasterなどのカードブランド会社と対立してきた。

その結果、世界のカード詐欺、不正利用の47%が米国で発生し、被害額が3600億円を突破するという事態になってしまったのだ。米国へ商用や旅行できた欧州人からも「怖くてカードを使いたくない」という声があがるほどの事態になってしまった。そこで、カードブランド各社は「2015年10月1日より、ライアビリティーシフト(債務責任の移行)を実施する」と決定した。

カードの詐欺、不正利用が発覚した場合、その責任はカード発行会社にあるのが今までの方式だった。しかし、今後は、ICカードに対応していない店舗での詐欺、不正利用については、加盟店側(厳密にはアクワイアラー=加盟店管理業者)が責任を持つことになった。つまり、簡単に言えば、「加盟店側がICカードに対応しないのだから、事故が起きたら、あんたらが責任持てよ!」と最後通牒を突きつけられたのだ。

加盟店側は急いでICカード対応を進めなくてはならなくなった。また、カード発行会社は、磁気カード所有者に対して、新しくICカードを大量に製造して、送付しなければならなくなった。それが遅れれば遅れるほど、詐欺、不正利用による損失をかぶることになり、経営的に極めて厳しい局面に追い込まれることになる。

米国のカードを流通枚数は約6億枚。ICカード率は約40%と言われているので、約3億6000枚のICカードを急いで製造する必要に迫られた。しかし、そんなことは不可能なのだ。ICチップの製造能力に限界があるうえ、ICカードの製造原価は400円から500円程度だといわれる。米国カード業界全体で、1800億円もの追加コストが必要になる。それも短期間にだ。

そこに救世主のように登場したのが、Apple Payだった。Apple Payは、ICチップに相当する部分をiOSシステム内にデータとして持つことができる。もちろん、自由にアクセスできては困るので、セキュリティ面も考慮されている。ここがApple Payの技術のキモになっているのだ。

Apple Payは日本で受けるのか?

磁気ストライプ式のカード所有者がApple Payに登録するのは驚くほど簡単だ。Apple Payアプリを起動して、自分のカードの写真を撮る。すると、カード番号、有効期限、名前などが読み取られて、本人認証がおこなわれる。基本的には、これだけでもうApple Payが使えるようになり、元のカードは自宅の引き出しにしまっておくか、捨ててしまってもかまわない。

つまり、カード発行会社から見れば、もし顧客の全員がApple Payに登録をしてくれたら、新しくICカードを製造しなくてもよくなるのだ。

Apple Payが米国でスタートしたのは、2014年10月20日。ライアビリティーシフト期限の1年前のタイミングだ。アップルは、この期限をにらんで、カード各社の状況から、Apple Payに救いを求めるように参加してくるだろうという見通しを間違いなくもっていた。アップルは、iTunesの楽曲配信を始めるときにも、米国の音楽業界に対して、「みんな、あいかわらずCDを買いますよ。配信で楽曲を買う人は数%程度。一方で、違法ダウンロードは激減するのだから、音楽業界は潤いますよ」という巧妙な語り口で、権利問題をクリアした。アップルは、優れた製品を創造できるだけでなく、こういった交渉術の面でもかなりの手練れなのだ。

さて、日本のApple Payは普及するだろうか。日本の場合、ライアビリティーシフトはあまり大きな影響を与えない。なぜなら、日本は、カード発行会社と加盟店管理業者が同一であることがほとんどなので、「責務の移行」は同一会社内での移行になるからだ。ただ、日本のIC化率も60%程度とあまり高くはない。政府は2020年までに100%を目指すとしている。また、実質1枚のカードしか使っていない日本人にとって、Apple Payはさほど利便性が向上するというわけでもない。

むしろ、日本での利便性を考えると、財布の中にあふれている交通カード、電子マネー、ポイントカードにいかに対応していくかのほうが重要だ。日本でのみFeliCaを搭載することで、Suicaなどの交通カード、iD、QUICPayなどの電子マネーにも対応している。さらに、nanacoやWAON、楽天Edyなどの電子マネーもFeliCaベースなので、いずれ対応をしてくることになるだろう。また、ポイントカードの仕組みも用意されているので、将来的は量販店やファストフードのポイントカードが対応してくることも十分考えられる。

グローバル展開をするアップルが、日本一国のためだけにハードウェア仕様を変えるというのは異例中の異例のことだ。もし、Apple Payが米国とまったく同じものだったら、日本では話題になるだけで定着しなかった可能性が高い。そのため、日本市場を立ち上げるために日本でのみFeliCa対応という”禁じ手”をとってきた。しかも、総務省はキャリアの「機種代実質ゼロ円」施策を目の敵にしているため、iPhone7からは消費者が最初に機種代を負担して契約しなければならなくなりそうだ。新機種が発表されるたびに買い換える「機種交換」需要が大きかったiPhoneは、この総務省の指導により、販売台数が大きく落ち込むのではないかとも見られていた。

そこに多くの日本人が待ちかねていた「おサイフケータイ化」なのだ。やっぱりアップルはなかなかの手練なのだ。

BugBounty.jp

システムに内在するリスクをチェックセキュリティ診断(脆弱性診断)

提供会社:スプラウト

企業や組織のWebアプリケーション、各種サーバー、スマートフォンアプリケーション、IoTデバイスなどの特定の対象について、内外の攻撃の糸口となる脆弱性の有無を技術的に診断します。外部に公開す るシステムを安心かつ安全に維持するためには、定期的なセキュリティ診断が欠かせません。

BugBounty.jp

サイバー空間の最新動向を分析脅威リサーチ

提供会社:スプラウト

サイバー攻撃に関連した機密情報や個人情報が漏洩していないかをダークウェブも含めて調査し、もし重要な情報が発見された場合は、その対応策についてもサポートします。また、サイバー攻撃者のコミ ュニティ動向を分析し、特定の業種や企業を狙った攻撃ツールやターゲットリストが出回っていないかなどの特殊な脅威調査も請け負っています。

パスワードに代わる認証!? アリババの新たな試み

April 24, 2018 08:00

by 牧野武文

中国で普及したQRコード方式スマホ決済。普及とともにセキュリティリスクも指摘され、1日の利用限度額などの制限もかけられるようになった。そこで、アリババでは、セキュリティが確保でき、かつ認証操作が簡単な認証方式が追求されている。そのひとつとして、画像による認証方式がアリペイに搭載されたと中国のニュース…

自動車ナンバープレートの「良番」が大量に手に入る理由

April 17, 2018 08:00

by 牧野武文

四川省涼山州公安の交通警察は、自動車ナンバー取得システムに侵入し、「88888」などの縁起のいいナンバーを公開直後に不正取得し、転売をしていた犯罪集団56人を逮捕したと『新京報網』が報じた。 自動車ナンバープレート約13億円 中国人は、数字に異常とも言えるこだわりを見せる。例えば、携帯電話の番号にも…