ハッカーの系譜⑦ビル・ゲイツ (5/7) マイクロソフト誕生とハッカーコミュニティとの戦い

牧野武文

August 30, 2016 10:30
by 牧野武文

ゲイツとアレンは、急いでBASICをつくればMITS社と契約ができると考えた。アルテアは、今はまだマニア向けのマシンだが、BASICが動くようになれば、一気に市場は広がるだろう。これはトラフォデータ社どころではない、大きなビジネスになるかもしれなかった。

現物なしでBASICを開発する

ところが、ゲイツとアレンは実物のアルテアをもっていなかった。雑誌「ポピュラーエレクトロニクス」の図解を見ると、アルテアはインテルの8080チップを使っていると書かれていて、スイッチ類との回路図も掲載されていた。しかし、8080チップの内部構造がわからなかった。そこで二人は、電子ショップへいき、8080チップをひとつと、詳しく解説したマニュアル本を購入した。これでBASICを書くことはできる。しかし、走らせてみることはできない。つまり、バグ取りができないのだ。

アレンは、以前のトラフォデータ社時代の経験を思いだしていた。あの頃、通過する自動車の通過記録装置から直接データをコンピューターに読みこませようと、インテルの8008チップを使った制御器をつくった経験があった。そのとき、8008上で動かすプログラムは、PDP-10上でつくったのだ。PDP-10で、8008エミュレーターをつくり、そこでプログラムを開発していった。8080は性能と機能が大幅に向上しているとはいえ、8008の発展形だ。同じ手法が使えるのではないかと考えた。

アレンは、ハーバード大学のエイケンコンピューターセンターにあるPDP-10上で、8080のエミュレーターを書き始めた。、仮想環境で開発をしようというのだ。ゲイツは、大学の講義にでるのをやめ、好きだった徹夜ポーカーもやめ、時間のすべてをBASICのコーディングに費やした。

難題は実物がない状態で開発しなければならないということだけでなく、アルテアのメモリーは4Kしかないので、このサイズにBASICを収めなければならないことだった。ゲイツは、一連のコードを書き上げた後、コードのシェイプアップにほとんどの時間を割いた。無駄なコードを丹念に削っていく作業だ。

たとえば、それまでPDP-10のような大型コンピューターで動くBASICのプロンプトは「READY」というのが一般的だった。ゲイツは、わずか3バイトを節約するために「OK」にした。そこまでやったのだ。

ゲイツは、後に経営者として有名すぎる存在になってしまったので、プログラマーとしての技術はさほどではないと勘違いされることが多い。しかし、彼はまずプログラマーとして一流だった。とくに無駄なコードを発見して削除することにかけては天才的だったのだ。後に経営者になってからも、Windows登場以前は、すべてのコードをゲイツがチェックしていた。次々と無駄なコードが指摘され、根本から誤っているコーディングに対しては、「こんなクソのようなコードは初めて見た!」というコメントをつけた。初期のマイクロソフトでは、この「ビル・チェック」は、プログラマーから恐れられ、社員がゲイツを尊敬する源泉となっていた。

初めて走らせたBasic

ゲイツは、BASICを約3週間で書き上げ、その後、シェイプアップするために4週間を費やした。そして、2月下旬にアレンがBASICのコードを持参して、アルバカーキのMITS社にデモにいくことになった。このときまで、二人は一度も実際のアルテアで自分たちのBASICを動かしたことはなかった。もし、8080シミュレーターに少しでも間違いがあれば、せっかくのコードも現実には動かない。アレンがMITS社に出発する前夜、ゲイツは不安から弱音を吐いたという。

MITS社を訪れたアレンはがっかりした。勝手にMITS社を大きな企業だと思いこんでいたが、空港に迎えにきたのは錆の浮いたピックアップトラックだったし、社屋は倒産したドラッグストアを買い取ったのでないかと思われるほど小さかった。入り口は同じ建物にある文房具屋とマッサージパーラーと共用のものだった。中に入ると、睡眠不足の従業員たちがアルテアの注文に追われていた。アレンには、それが、夜逃げ直前の倒産企業にしか見えなかった。

しかし、がっかりしたのは、ロバーツも同じだった。シアトルからスーツを着たビジネスマンがやってくるのかと思ったら、実際にやってきたアレンは学生のようにしか見えなかった。ロバーツは、アルバカーキでいちばん高級なホテルであるヒルトンホテルにアレンを案内したが、アレンはたった25ドルしか手持ちがなく、しかもクレジットカードももっていなかった。ロバーツはしかたなく、宿泊代の75ドルを自分のカードで支払ってやった。アレンは「MITS社はお金のない零細企業」という印象をもったが、ロバーツはロバーツで、アレンのことを「お金のないアマチュアプログラマー」という印象をもった。

翌日、アレンは、紙テープで持参したBASICを、MITS社のアルテアに接続されたテープリーダーに読みこませた。アルテアがレディ状態になったので、アレンはテレタイプに「print 2+2」と入力した。アルテアは「4」をテレタイプに返してきた。それを見守っていたMITSの社員は全員が驚きの声をあげたが、アレンもいっしょに驚いていた。なぜなら、これがアルテアでBASICを走らせた初めての経験だったからだ。アレンは、調子に乗って、月着陸船ゲームの35行のBASICコードを入力し始めた。

Altair BASIC Photo by Wikipedia

祝杯はシャーリーテンプル

アレンは、デモを成功させると、ボストンに戻り、ゲイツとともに祝杯をあげた。2人は酒が飲めないので、祝杯はジンジャエールにザクロシロップを入れたノンアルコールカクテル「シャーリーテンプル」だった。

MITS社のアルテアは順調に注文が入り、MITS社はその注文をさばくのに必死だった。一時期、MITS社は30万ドルの赤字を抱え倒産寸前になっていたが、アルテアで一気に有望企業になっていた。その様子を見ていたゲイツは、BASIC以外にもビジネスチャンスがあると考えた。FORTRAN、COBOL、Pascalなどさまざまな言語がある。これをアルテア用に移植すれば大きなビジネスになるのではないだろうか。ゲイツは、ハーバード大学を中退して、すぐにでもアルテアのソフトウェアを開発する会社をつくるべきだと感じた。

しかし、母のメアリーは息子の考えに反対だった。大学を中退して、得体のしれないビジネスに手を染め、ドロップアウトしてしまうのではないかと心配したのだ。そこで、シアトルで成功していた人物に頼んで、ビジネスの世界の厳しさを教えて、大学だけは卒業するように説得してもらおうと考えた。ゲイツは、その人物と夕食をともにし、さまざまな話をし、自分の「コンピューター革命が今始まろうとしている」という考えを披露した。すると、デザートがでる頃には、その人物は、ゲイツの考えにすっかり心服し、「今すぐ会社を興すべきだ」といって、金額を入れていない小切手までゲイツに渡していたのだ。

こうして、1975年の夏、ニューメキシコ州アルバカーキでマイクロソフトが誕生した。

特筆すべきなのは、MITS社との契約内容だった。完成させたBASICをMITS社に対して販売してしまうのではなく、ライセンス契約を結んだのだ。MITS社がアルテアにBASICをバンドルして販売した場合、4Kバージョンで1本30ドル、8Kバージョンで35ドル、拡張バージョンでは60ドルをマイクロソフト(契約時はまだマイクロソフトは設立されていない)が受けとる契約だった。しかも、MITS社に対してサブライセンス権も供与していた。MITS社は、法人向けなどにBASICを改変してライセンスを供与することができる。この場合は、利益の50%をマイクロソフトが受けとることになっていた。

結果的に、BASICのビジネスはそう大きな利益にならなかったが、もしBASICがメジャーな開発言語となり、ソフトウェア産業が成長していけば、マイクロソフトは自動的に急成長できる仕組みになっていった。現在では、ごくあたり前の契約内容だが、当時としてはだれも考えなかった方式だ。ゲイツがアイディアを考え、それをビル・ゲイツ二世が具体的な契約書に落としこんだと言われている。

ハッカーコミュニティーとの対立

しかし、マイクロソフトのビジネスは順調とはいえなかった。当時、アルテアを購入するような人たちは、多かれ少なかれハッカーだった。彼らは、簡単にコピーができるBASICなどにお金を払わなかったのだ。コピーができないアルテア本体にはお金を支払ったが、BASICは紙テープなどに保存されたものを複製して、友人の間で無料でコピーした。

ゲイツはMITS社に突如現れて、金切り声を張り上げて怒鳴ったという。「やつらがおれのソフトウェアを盗んでいる。これでは一文の利益にもならない。金を払わないのであれば、おれはもうなにもしない!」とわめきちらした。ソフトウェアが違法複製されているのは、MITS社の監督の問題だと主張したのだ。たしかにそれは間違いではなかったマイクロソフトは、BASICのライセンスをMITS社に供与している。両社が取り交わした契約書には、MITS社は、BASICが適切に扱われるよう努力する義務があるという条項が入れられていた。MITS社は1時間あたり10ドルの補償金を支払うことを申しでたが、ゲイツは拒否をした。

このBASICの違法コピーによる打撃はかなり深刻だったようだ。なぜなら、ゲイツはMITS社にBASICのすべての権利を6500ドルで売却する話をもちかけたことがあるほどなのだ。つまり、BASICから得られる利益はゲイツも数千ドルであると見積もっていたことになる。もし、この取引が成立していたら、おそらく今日のマイクロソフトは存在しなかっただろう。幸いなことに、この取引はMITS社側が拒否をした。権利を格安で獲得したとしても、バージョンアップなどの作業をする人員が確保できないと考えたからだ。

ゲイツは、“やつら”に一発打撃を与えるべきだと考えた。そして、アルテアの会報誌「コンピューター・ノート」に有名な書簡を掲載する。「ホビイストたちへの公開状」と称したもので、ソフトウェアの窃盗はあらゆる人にとって不幸なことなのだと訴えた。

その中で、CPUタイムは累計で4万ドルにものぼっているが、BASICの売上を開発にかかった時間で換算すると、1時間2ドルにしかならないと訴えている。そしてこう訴えた。「BASICをコピー配布する連中は、ホビイストの名を汚している。すべてのコンピュータークラブは、このような連中をすぐに放りだすべきだ」。ゲイツは、この公開書簡を他のコンピューター雑誌にも転載されるように手配した。

ほんとうの泥棒はだれなのか?

これは、ホビイスト(=ハッカー)たちの怒りを買った。大本にあるのは、「タダで手に入れることができるものにお金を支払いたくない」という今日の違法ダウンローダーと同じ心理だが、BASICの場合には、やや事情が違った。なぜなら、BASICは、そもそもがダートマス大学の2人の研究者が教育用として開発したものがベースになっていて、ゲイツの“発明品”ではない。ゲイツがやったのは、アルテア用に移植をしただけだ。しかも、その移植作業は、ハーバード大学のPDP-10を使っておこなわれた。そのCPUタイムに対する使用料は、ハーバード大学が支払っているのだ。ゲイツが口にする「CPUタイムの累計4万ドル」は、ゲイツやマイクロソフトが支払ったのではなく、ハーバード大学、ひいてはそのプロジェクトを支援しているARPA、つまりは税金から支出されていることになる。ゲイツは、人がつくったものを“盗作”し、CPUタイムを“横領”し、それでつくりだしたもので金儲けを企んで、それがうまくいかないと、ハッカーたちを泥棒よばわりするのだ。多くのハッカーたちが、「ほんとうの泥棒はだれなのだ」と声をあげた。

しかも、MITS社にも問題があった。当時アルテア本体は400ドルだった。ところがBASICはそれより高い500ドルで販売され、しかもメモリー拡張ボードが必要になった。そこにMITS社から待望のメモリーボードが発売になり、このボードはたったの150ドルで、しかもBASICが付属していた。だれもがBASICとメモリー拡張ボードを個別に買うのではなく、このMITSのBASICつきの拡張ボードを買おうと考える。

ところが、このボードに不良が多発し、結局ホビイストたちは、他社のメモリー拡張ボードを購入し、500ドルのBASICも購入しなければならなくなっていた。MITS社の拡張ボードさえ、ちゃんと動けばわずか150ドルでBASICが使える環境が整えられるのに、実際は700ドルか800ドルも支払わなければBASICが使えないのだ。

MITS社は、メモリーボードの不良をなかなか改善しようとしなかった。しかも、ゲイツの公開書簡は、MITS社のレターヘッドが入った便箋を使って書いたものがそのまま転載されたので、事情を知らない多くのホビイストが、不良の製品を改善しないMITS社の社員が、ホビイストを泥棒呼ばわりしていると思いこんだ。

この苦境を救ったのが、法人向け開発だった。ゲイツ21歳のときに、ナショナルキャッシュレジスター社、ゼネラルエレクトリック社との契約に成功した。両社は、マイクロソフトのBASICをベースに、改良し、自社で必要とするソフトウェアをBASICで開発していったのだ。
 
(その6に続く)




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