ハッカーの系譜⑥ジュリアン・アサンジ (7/8) アサンジの運命を変えた二人の女性

牧野武文

June 28, 2016 09:00
by 牧野武文

アサンジは、この成功に酔いしれず、さらにウィキリークスの影響力を成長させようとした。すでに次のメガリークの素材は手に入れていた。それは米軍のアフガニスタンでの戦争日誌だった。100メガバイトもの量があり、csv形式で9万行の膨大なファイルだった。これを分析すれば、アフガニスタンでの米軍の行動が逐一明らかになるだろう。

既存メディアと提携するウィキリークス

アサンジは、このデータをただ公表するのではなく、立体的なデータベースにすることにした。内容を検索し、関連する項目も表示させ、さらには場所が登場する場合はグーグルアース上に地点を表示するようにした。地図上でカーソルを動かすと、その地点でも爆弾投下数、死傷者数などが表示されるのだ。しかし、米軍の日誌は略号が大量に使われていて、一般の市民が読むには、大量の注釈が必要になる。

そこで、アサンジは英国の新聞ガーディアン紙の記者に会い、プロのジャーナリストの支援を取りつけることにした。つまり事前にガーディアン紙にデータの閲覧を認め、同紙は情報を記事にしていく。その記事の掲載と協調して、ウィキリークスも元データを公開していくという手順だ。さらに同様の支援を、米国のニューヨーク・タイムズ紙、ドイツのシュピーゲル紙にも求めた。

これはアサンジの戦略だった。このようなメガリークを行えば、米国はもちろん友好国の政府も法的手段を含めたあらゆる手段を使って妨害をしてくるだろう。しかし、英国、米国、ドイツの3ヵ国のメディアと協力すれば、どこかの国で報道ができなくなっても、情報を世に出すことができるのだ。読者はプロのジャーナリストによる記事を読み、問題点を理解し、その元データを見たければ、いつでもウィキリークスのサイトで見られることになる。

このウィキリークスと三紙の協同作業は、ロンドンのガーディアン紙本社で行われた。ここにアサンジとウィキリークスのスタッフ、三紙のスタッフが集まり、打ち合わせとデータの検証作業が始まった。

この仕事は、アサンジが初めてジャーナリストとともに仕事をした経験となる。逆にいうと、アンダーグラウンドではない陽のあたる世界の人が、初めて詳細にアサンジを目撃したことにもなる。ジャーナリストたちは、アサンジの奇行の数々を証言している。

夜行性のアサンジは、昼近くの11時ごろ、オフィスにやってくる。その姿は「髪がボサボサのホームレスの老女」のようであったという。カツラをかぶり、女装をしていたのだ。尾行や暗殺を防ぐためだという。そして、なにも食べない。夕方になって、近くのスペイン料理の店にジャーナリストたちと行くが、注文するのは前菜かカルダモンアイスで、それ以外は口にしない。

ガーディアン紙本社のエレベーターと格闘したこともある。手を挿しいれて、ドアを開けたままにして、甲高い警告音を響かせた。アサンジは、警告音が鳴り止むまでの時間を確かめようと、ドアを開け続けた。長い時間、警告音が鳴り続け、人が集まってきた。すると、アサンジは冷静な表情で「これはシンドラー社のエレベーターだからね」といって去っていった。

批判に回る政府とメディア

このメガリークには、米国政府が反発をしただけでなく、多くの主要メディアがウィキリークスを批判した。その根底にあるのは、米国の戦争日誌を公開してしまうと、敵国を利することになるということだった。その当時、米国はアルカイダとテロとの戦いを繰り広げていた。戦争日誌を読むのは、米国市民だけでなく、アルカイダのメンバーも躍起になって読むだろう。オバマ大統領は「作戦行動に支障をきたす」として非難した。しかも、公開した戦争日誌のプライバシー保護は充分ではなかった。実名こそ伏せられているものの、特定できる登場人物もいる。彼はタリバンの格好の攻撃目標になるだろう。もし、そんな事態が起きたら、ウィキリークスはどうやって責任をとるのだろうか。

アサンジは、ヒーローになりたがっているだけのナルシストで、政権の不正を糺したいジャーナリストなんかではない。そういう感想を持つ人も多かった。主要メディアの論説、とくにワシントンポストは、アサンジをスパイ防止法で逮捕すべきだと主張した。

スウェーデンで出会った二人の女性

8月になって、アサンジはスウェーデンに飛んだ。講演をこなすためだ。その直前、トレードマークにもなっていた長い髪を切って、短髪姿になった。講演以外にも、アサンジはスウェーデンにいく必要があった。ひとつは、スウェーデン政府に、ウィキリークスの発行責任者として認めてもらうことだった。スウェーデンは、世界でトップレベルに言論の自由を保護する法律が整っている。スウェーデン政府から、言論機関の責任者として認められれば、他国の政府も簡単に逮捕拘束ができなくなる。

さらに、スウェーデンには熱心なウィキリークス支援者がたくさんいる。彼らとの交流を深め、ネットワークを作っておく必要があった。

スウェーデンの講演は、スウェーデンの社会民主党キリスト教派の依頼だった。党のスポークスマンである30歳のアンナ(仮名)は、ストックホルムの空港に、アサンジを出迎えにいった。アンナは、フェミニストであり菜食主義者であり、以前からアサンジの活動に強い憧れを持っていた。アサンジに講演依頼することを党に要望したのもアンナだった。アサンジは、身の安全を図るためにホテルには宿泊しない。支援者の家に泊まるようにしている。ストックホルム滞在中もアンナのアパートに泊めてもらうことになっていた。アンナは近くの実家に泊まり、アパートをアサンジに提供することになっていた。

もう一人、ストックホルムにはアサンジと関わることになる女性がいた。ソフィア(仮名)、25歳。彼女は、ストックホルムから列車で45分ほど離れたエンシェーピングに住んでいるアサンジファンで、ウィキリークスに関する書籍、Webはかたっぱしから読み、YouTubeでアサンジの映像を見まくっていた。アートを専攻する学生だったが、ウィキリースの思想に賛同しているというよりは、アサンジという一人の男性に惹かれていた。ストックホルムでアサンジの講演があるというニュースを耳にして、これはぜひ参加しなければと考えた。

8月13日金曜日の夕方、アサンジが接待役のアンナのアパートにいると、アンナがやってきた。本来ならば、翌日の朝にアンナはやってきて、アサンジを会場に連れていく予定だったが、前日の夕方に戻ってきた。アサンジは仕事があったが、迷惑そうな素振りは見せずに、アンナと食事にでかけた。そして、二人はアンナのアパートに戻り、朝まで一緒にすごし、男女の仲になった。これが後々問題になる。

8月14日土曜日、アサンジの講演が開催された。アサンジは、最前列に座って熱心に話に聞き入っている女性に気がついた。ピンクのカシミアのタンクトップを着ていて、魅力的な女性だった。それがソフィアだった。講演が終わって、主催者たちとビストロ・ボエームという店に食事に行くことになった。なぜか、ソフィアもそこに割りこんで同行し、強引にアサンジの隣りに座った。アサンジは迷惑がらず、ソフィアとの会話を楽しみ、同行者の証言によると、ビストロの席で“いちゃつき”始めた。ビストロでの食事会が終わると、二人だけで博物館と映画館にいった。その日は、それで別れたが、翌日もアサンジとソフィアはデートをした。ストックホルムから列車に乗ってエンシェーピングにあるソフィアの家にいった。そして、二人はソフィアの家で男女の仲になった。

謎に包まれたアサンジのレイプ事件

スウェーデンはレイプ大国であるという誤った認識が広まっている。確かに、スウェーデンのレイプ発生率は10万人あたり53人で、南アフリカに次いで世界第2位、米国の6倍、日本の60倍近い。これは性犯罪が多発しているのではなく、女性の権利がきちんと認められていることが、高い性犯罪率の理由だ。

日本での強姦罪は「相手の意思を無視し、性行為を強要すること」だが、スウェーデンの定義は違う。合意の上で性行為をおこなったとしても、相手の望まないプレイ、望まない行為があった場合は、レイプとみなされる。多くの場合、相手の望まないことを強要するのは男性で、望まない性行為による被害は女性の方が大きい。つまり、女性の権利が最大限に尊重されているので、レイプとみなされる基準がとても低いのだ。また、そのような“レイプ行為”があった場合、権利意識が浸透しているスウェーデンの女性たちは、迷うことなく警察に相談し、適切な処置をとる。そのため、警察の認知件数は高くなり、統計上、スウェーデンは世界で突出してレイプ犯罪の多い国になっている。

13日金曜日の夕方、アンナのアパートで、行為に及んだアサンジは、避妊具を使いたくなかった。しかしアンナは妊娠と性行為感染症の危険を避けるため、避妊具を使ってほしいと頼んだ。アンナの証言によると(アサンジは否定している)、アサンジは避妊具をとろうとするアンナの腕を押さえつけていたが、アンナが何度も懇願すると、アサンジはしぶしぶ避妊具を手にとった。しかし、そのとき、アサンジは手の中で避妊具になにか細工をしたように見えた。そして、アサンジは避妊具を装着し、アンナと交わった。終わってみると、アンナは破けた避妊具を発見した。

15日の日曜日、ソフィアと行為に及んだアサンジは、初め避妊具を使うことを拒んだが、ソフィアが懇願すると避妊具を使い、行為に及んだ。二人はそのまま寝入ったが、朝になると、アサンジはまだ寝ているソフィアに抱きついた。ソフィアは、アサンジの身体の一部が挿入されてくることで目が覚めたという。このとき、避妊具は使われなかった。

アサンジと別れたソフィアは不安になり、病院にいき、アフターピルを処方してもらい、さらにHIVの検査を受けた。アサンジにもHIV検査を受けてもらいたいと思い、アサンジから教えられた携帯電話の番号に連絡をしてみたが、その電話番号は使われていないものだった。そこで、ソフィアは、連絡先を交換していた接待役のアンナに連絡をとり、アサンジの連絡先を教えてもらおうとした。

その会話の中で、二人ともアサンジと男女の仲になり、しかも避妊に関して問題があったことを互いに知ることになった。二人は、アサンジにもHIV検査を受けてもらうために、アサンジの知人などにも連絡をとったが、アサンジの行方はすっかりわからなくなっていた。

不安になった二人は、ストックホルムの警察に相談をした。アサンジを告発するつもりはなく、警察にアサンジを捜索してもらい、HIV検査を受けてもらいたいと考えたのだ。しかし、その訴えを担当した女性警官は、上司と相談の上、検察局に連絡をした。それを受けた女性検事は、スウェーデンの法律の基準に照らし、手順に従って、レイプ事件と認定、アサンジに対し本人所在不明のまま勾引状を発行した。

この事実は、すぐにスウェーデンのメディアに知られることとなり、報道が始まると、海外のメディアも追従して報道し、世界中で大きな話題となった。すると、スウェーデンの検察は、なぜか「アサンジにレイプ容疑はないので、勾引状は破棄する」という発表を行った。
 
(敬称略/全8回)




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