ハッカーの系譜⑥ジュリアン・アサンジ (6/8) 米国震撼させた「イラク殺戮」映像

牧野武文

June 23, 2016 11:30
by 牧野武文

西洋社会ではなかなかウィキリークスの影響力は強まらなかった。米陸軍がイラク戦争しに使用した兵器に関する内部情報を公開したが、メディアはほとんど関心を示さなかった。この情報を分析していけば、米陸軍がイラク戦争でどのような軍事行動を展開していたかが容易に推測できるのだが、メディアは専門家に分析させるほどのニュース価値はないと判断したのだろう。

この反応の薄さは、アサンジを怒らせたという。アサンジは、一貫して米国が海外で軍事行動をとることに反対していた。

その怒りで、アサンジは勇み足をしてしまった。2009年1月15日、ウィキリークスは、アップルのCEOスティーブ・ジョブズのHIV検査の書類を公開した。そこにはジョブズがHIV陽性であると記されていた。この検査表は、2004年9月1日に検査されたもので、氏名は「スティーブン・ポール・ジョブズ」になっていた。

このリークは、ウィキリークスに対する大きな批判を呼びこむことになった。そもそも、この検査表が、ほんとうにスティーブ・ジョブズのものであるかどうかという点が怪しかった。検査表には社会保障番号まで記載されているので、ほんとうにアップルのジョブズのものであるかどうか、確かめる方法がないわけではない。しかし、ウィキリークスは「この社会保障番号は、数字の構成から、カリフォルニア州発行のものである可能性がある」としか裏を取っていない。

仮に、この検査表がジョブズのものであったとしても、個人の病歴を公開することが妥当な行為なのかという疑問が寄せられた。いくら著名人であっても、病歴のようなプライバシーは尊重すべきだし、そもそもジョブズがHIV患者であったとして、それで世の中が正しい方向に向かうものなのか。「ウィキリークスはゴシップ雑誌レベルのリークサイトにすぎない」とみなす人もいた。

ユリウス・ベア銀行を打ち負かしたウィキリークス

さらに「エルマー文書」の公開では、サイトの閉鎖の危機も迎えた。エルマー文書とは、スイスのユリウス・ベア銀行の顧客データで、この銀行に務めていたルドルフ・エルマーがウィキリークスに渡したものだ。ユリウス・ベア銀行は、いわゆる超富裕層のためのプライベートバンクだった。しかも、全顧客データではなく、税を逃れるためのタクスヘブン、ケイマン諸島に資金を預けている顧客のデータだった。全員ではないが、不正送金、脱税の可能性がきわめて高い。エルマーは、このような顧客の不正に、ユリウス・ベア銀行が加担していることに憤りを感じて、ウィキリークスにデータを渡したのだ。

ユリウス・ベア銀行は、北カリフォルニア連邦地方裁判所に、文書の公開を中止するよう求めて提訴した。そして、2008年2月15日、裁判所はwilileaks.orgの閉鎖を命じた。その日のうちにウィキリークスは閉鎖され、2週間にわたってアクセスできない状態になった。

しかし、この事件のおかげで無名だったウィキリークスを世界的に有名にした。「不正をしている銀行が、言論の自由を侵した」という文脈で、世界中のネットワーカーに伝わったからだ。言論の自由を守る多くの個人、団体がウィキリークスの支援にまわり、ユリウス・ベア銀行を非難した。ユリウス・ベア銀行の株価は下がり、3月5日、ユリウス・ベア銀行は訴えを自主的に取り下げた。ウィキリークスのサイトが再開された。

ドイツ連邦情報局を茶化すアサンジの対応

また、2008年11月には、ウィキリークスばかりでなく、アサンジ個人の名前が世界的に知られることになるできごとが起きる。ウィキリークスがドイツ連邦情報局の内部文書を公開したのだ。その文章は、コソボの内情分析をしたもので、文書自体に大きなインパクトはない。

しかし、連邦情報局は内部文書がネットで公開されていることを問題視した。2008年12月18日、連邦情報局のエルンスト・ウーラウ長官は、ウィキリークスに公式書簡を送った。それは上目線で、ウィキリークスが内部文書を公開していることに異議を唱え、公開の即刻中止を求めるもので、最後には「この件に刑法が適用できるかどうか、現在調査中である」という、いわゆる“慇懃な脅し文句”までついていた。

この書簡を受け取ったアサンジ以下のウィキリークスのスタッフは、驚き、そして爆笑したという。なぜなら、ウィキリークスが入手する文書には、常に捏造の恐れがつきまとっている。真正なものだけを公開するために、スタッフたちは寝ずの作業を強いられているのだ。公開をしてからも、「その文書は捏造されたものである」という意見は、世界中から寄せられる。ところが、連邦情報局の文書に関しては、その文書を作成した当の本人が「本物である」とお墨付きを与えてくれたのだ。

アサンジは、ウーラウ長官にメールを送った。「こんにちは、ウーラウさん。私たちがもっている連邦情報局関連の文書はいくつもあります。どの文書のことをおっしゃっているのでしょうか?」。明らかにからかうニュアンスの口調だった。

連邦情報局は、このメールに返信するのに24時間もかかった。おそらく、ウィキリークスが複数の内部文書をもっているとは知らず、あわててウィキリークスのサイトをチェックしたのだろう。「改めて要求する。このリンクの文書、さらにその他の連邦情報局に関する文書をただちに削除していただきたい。さもなければ、早急に刑法上の手続きを開始する」。

アサンジは再び爆笑した。「どの国の法律規定に抵触するのかを教えていただけないでしょうか。a)ドイツ、b)スウェーデン」。

ウィキリークスのサーバーはスウェーデンにある。しかし、連邦情報局はドイツの機関だ。つまり、ウィキリークスの活動は、一国の法律では裁けなくなっているのだ。もし、長い裁判を起こして、文書の削除がおこなわれたとしても、すでに多くの人がダウンロードし、あちこちに転載しているだろう。連邦情報局はそれを一つひとつ裁判を起こして削除していくというのだろうか。それよりも「法的手段にでる」という脅し文句を使いさえすれば、市民は恐れをなしてひれ伏してしまうだろうと感覚が、旧時代のものになっている。

アサンジは、すぐにこのメールのやり取りを公開した。連邦情報局のウーラウ長官は、一夜にして世界中の笑いものになった。そして、ウィキリークスは従来の古い石頭どもの公的機関の連中には手に負えない、新しい時代の活動家たちだという印象を与えることになった。

大きな障害となっていた資金問題

ウィキリークスが有名になってくると、資金の問題が浮かびあがってきた。アサンジを含めた専任スタッフは、この頃まで給与をきちんともらってなく、ボランティア奉仕だった。しかし、それではウィキリークスを継続していくことはできない。フルタイムでウィキリークスの仕事をするスタッフにだけでも、人並みの給与を支払うことが必要だ。

ウィキリークスは、インフラ運用経費が年に20万ドルかかる。もし、スタッフに給与を支払うとなると、総額で年60万ドルが必要になると見積もられた。善意の寄付金だけではまかなえないし、話題になれば増え、話題が少なくなれば減ってしまう寄付金に頼っていては、持続的な運営はおぼつかない。さらにポリシーとして、政府や企業からの寄付金は拒否していた。寄付金によって、活動がゆがんでしまうことを恐れたからだ。寄付は個人のみに限られ、ペイパルなどのオンライン決済サービスも利用できるように環境を整えた。

アサンジはさまざまな方法を模索した。リークする文書をオークションサイトイーベイで売ろうとしたことすらある。いちばん高い値をつけたメディアに、独占使用権を売ろうとしたのだ。もちろん、この挑戦は批判を呼んだ。そして、ウィキリークスは大きなリークをすることができず、次第に多くの人から忘れられていった。「ウィキリークスは終わった」「面白い暴露サイトだった」といわれ、急速に影響力を失っていったのだ。

超メガリークとなった「付随的殺人」ビデオ

しかし、これはウィキリークスの準備時間でもあった。このとき、すでにアサンジは、超メガリークの素材に迫っており、そのためにインフラの増強、そしてウーラウ長官のような小物ではなく、もっと大きな権力と戦うための支援メンバーを集めていた。この素材の検証、編集作業は、今までのようなスタッフが世界中に分散して、ネットでやりとりをしながらという方法では無理があるため、アサンジは初めてアイスランドにベースキャンプをつくることにした。アイスランドは世界で最も言論の自由が法的に保証されているジャーナリズムヘブンであるからだ。
その素材とは、ウィキリークス内部ではプロジェクトBと呼ばれていた。公開するときにはコラテラルマーダー(付随的殺人)という名前がつけられたビデオだった。10人程度のスタッフが、レイキャビクのグレスティガッタに借りた小さな白い家で、ビデオにかけらた暗号の解除と編集作業をおこなった。

このビデオは2007年7月12日にニュー・バグダッドで撮影された。内容は、米軍のアパッチヘリからの映像で、地上に12名の民間人を確認。この民間人の中には、ロイター通信の現地カメラマン2名がいた。ヘリの兵士たちは、カメラを下げている記者を見て、AK47を所持しているとして、基地に射撃許可を求め、機銃掃射をおこなう。11名が即死し、1名が瀕死の重傷を負った。その重傷者に気がついた黒いバンを運転していた民間人が、車を止めて、救助しようとした。ヘリの兵士は、これも仲間が救援にきたと報告し、基地に射撃許可を求め、射撃。重傷者と運転手が即死し、バンの中にいた10歳の女の子と8歳の男の子が重傷を負った。運転手は、子どもを学校に送る途中に騒ぎを聞きつけ、重傷者を病院に運ぼうとしただけの善意の民間人だった。

米軍は「付随的被害」という言葉を使う。民間人が戦闘行為に巻きこまれ被害を受けることをいう。戦闘中であっても、一般の民間人への殺傷行為は国際法で禁止されている。ジュネーブ条約では、1)非戦闘員への危害、2)一般施設の破壊、3)軍服を着用しない戦闘員、4)捕虜への虐待が、戦争犯罪であると定義されている。つまり、このビデオの中でおこなわれた行為は、明らかに戦争犯罪なのだ。

ただし、加害者にあたる兵士たちが、現場で、対象の人間が戦闘員であるか、非戦闘員であるかを見わけられたのかという点には議論がある。このような場合、米国政府は「付随的被害」という言葉を使ってごまかしてきた。簡単にいえば、「合法的な戦闘行為をおこなったら、民間人が巻きこまれてしまった。これは防ぎようがない。仕方がないじゃないか」というニュアンスがある。アサンジは、この欺瞞を茶化す意味で「付随的殺人」(コラテラル・マーダー)と名づけたのだ。「多少の民間人被害は仕方がないといって、殺人までしてしまうのか。これは明らかな殺人行為じゃないか」というわけだ。

ウィキリークスの衝撃が始まった

アサンジは、この貴重な素材を徹底的にセンセーショナルに扱った。普通の素材であれば、ツイッターで公開予告をして、予告した時間にウィキリークスのサイトで公開するという手順だったが、今回は記者会見を開いた。それも100年もの歴史をもつワシントンのナショナル・プレスクラブで開くことにした。すでにツイッターで超弩級のメガリークであることをにおわせていたので、多くのメディアが集まった。旧ジャーナリズムのメッカともいえるワシントンのプレスクラブで、旧ジャーナリズムのメディアを集めて、メガリークをおこなう。最高の演出だった。

記者会見は4月5日の月曜日。イースターの休日で、連休の最終日だ。どのメディアも大きなニュースに乏しい。メディアにとっても格好のニュースだった。

アサンジは、ジャーナリストの前で、このビデオを再生しながらところどころでとめて、解説を加えていった。同時に、collateralmurder.orgというサイトを立ちあげ、そこでビデオが見られるようにした。さらにユーチューブなどのビデオ共有サイトにも映像をアップロードした。

このメガリークに世界中が揺さぶられた。アサンジは、アルジャジーラを始めとする世界中の報道機関から取材を申し込まれた。しかし、一般市民とメディアの反応は少し違っていた。一般市民は、映像に素直にショックを受け、戦争のもつ痛ましい一面に考えさせられた。しかし、メディアはこのビデオに批判的な態度をとった。それはビデオの前後が切り取られているので、どのような文脈でこの事件が起きたのかわからないというものだった。つまり、地上の12人は、映像に登場する前は明らかに武器をもっていて、それをどこかに置いたところからビデオが始まっているのではないか。あるいは、後のメディアの取材によると、ロイター通信のカメラマンは、ビデオ映像の前に三脚に望遠レンズを装着したカメラを載せていて、1000m離れたところから目視したヘリの兵士には、それがアサルトライフルのような武器に見間違えても仕方がなかったのではないかという話もある。また、ウィキリークスの支援者からも、入手したビデオをそのまま公開するのではなく、映像を編集したり、キャプションのようなものをつけて、見た人が米軍に批判的な感情をもつように誘導したと指摘する人もいる。

このメガリークがウィキリークスとアサンジのすべてを変えた。ウィキリークスのサーバーは、創設以来初めてキャパシティを超えたアクセスを受けて、繋がりづらい状態が続くようになった。数日で、グーグル検索の検索回数ランキングの1位にはwikileaksが乗った。アサンジはワシントンの通りを歩いていて、初めて見知らぬ人から声をかけられた。

アサンジとウィキリークスが有名になると、寄付金も集まり始めた。ウィキリークスの必要経費は、アサンジ自身の給与6万6000ユーロ(900万円)、3人のフルタイムエンジニアの給与10万ユーロ(1350万円)、経費38万ユーロの合計50万ユーロ程度が必要だった。この年、ウィキリークスは100万ユーロ以上の寄付金を集めた。ようやく、持続可能な資金が調達できるようになったのだ。
 
(敬称略/全8回)




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